リアル・キャットファイト

マツダセイウチ

第1話

 それはとある休日の昼下がりだった。

 昼食を終えた私は、食器を下げようと椅子から立ち上がり、キッチンに向かおうとした。その時、背後からバリバリという不穏な音がした。


 振り返ると、我が家で1番年下の三毛猫が椅子の背もたれで爪を研いでいた。誤解を招かないように記しておくが、爪研ぎは専用のものがちゃんと用意してある。この猫の先輩猫が2匹いるのだが、その猫たちはその専用の場所でしか爪を研がない。というか猫は本来決まった場所でしか爪を研がないものなのだが、どう躾を間違ったかこの三毛猫だけは専用の場所のみならず、椅子の背もたれでも爪を研ぐのだった。


「コラッ!!」


 私が怒ると、三毛猫は椅子から飛び降り、風のようにソファの裏へ逃げ込んだ。どうやらそこは安全地帯だと思っているらしい。そして逃げ込んだ後、ソファの後ろでジャンプして、背もたれの後ろからもぐらたたきのようにピョコピョコ顔を出してこちらの様子を窺うのだった。それを見ていると面白さと憎たらしさが込み上げてくる。いつもはソファの裏に逃げられると面倒になって叱るのを諦めてしまうが、その日の私は違った。何故だろう。ちょっと奮発して買ったレトルトのカレーがイマイチでイライラしていたせいかもしれない。


「今日という今日は許さないよ。出ておいで」


 そういって私はソファに飛びつき、背もたれの上から裏へ手を突っ込んだ。猫は安全地帯に侵略者が来たとばかりに何の遠慮もなしに私の手を噛みまくった。私のほうは素手だから明らかに不利だったが、格闘の末ソファの裏から猫を引きずり出すことに成功した。猫を仰向けに抱っこして私はフハハハと笑った。


「ほーらつかまえた。人間さまに勝てると思うなよ。また椅子をボロボロにして!何回目だと思ってるの?こうしてやる!」


 そう言って私は三毛猫の耳の先を齧った。イタズラされて、あまりに頭に来た時はこうすることにしている。ちなみに先輩猫2匹にはこれをやったことはない。この2匹はそんなにイタズラしないからだ。この叱り方の効果の程は、先述の「何回目だと思ってるの?」というセリフから察していただきたい。


 三毛猫は耳を齧られて「みゃああああ」と悲鳴をあげた。心配した先輩猫が足元に寄ってきた。なんと心優しいことだろう。


「どうだ、まいったか?ん?」


 そういって三毛猫の顔を覗き込んだ。すると三毛猫は逆ギレし、私の顔面に強烈な猫キックをお見舞いしてくれた。顔面に衝撃を喰らうと本当に目の前に星が現れるんだ、ということを私はこのとき知った。


「痛ったっっっ!!!」


 私が怯むと、猫はさらにみぞおちに2本足で蹴りを入れて私の腕の中から飛んでいった。そしてまたソファのところへ走っていき、みぞおちを押さえて苦しむ私を背もたれの上から悠々と見た。私は苦し紛れにこう言った。


「うう…。まあ、今日はこれくらいにしといてあげようか」


 最後、何だか結構いい勝負したみたいなセリフを吐いたが、完全に人間の敗北に終わった。猫は人間の小言など一切聞く気はない。エジプトで神様をやっていたこともある誇り高き生き物なのだ。今日も明日も、こんな感じで好きなように生きていく猫を、私はどうしようもなく愛してやまない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リアル・キャットファイト マツダセイウチ @seiuchi_m

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画