第3話
僕はいいかげん席を立ちたかったけど、雄介おじさんは容易に開放してくれそうに無かった。
おまえの父親はおまえの事で随分悩んでいたんだぞ、その通夜なんやけん最後まで付き合うとが当然やろが、と言って何度も僕にまずい酒を飲ませた。
父が悩んでいたと言われるのは僕にとっても痛いところをつかれる事だから、振り切って二階に上がる事もできなかった。
「ところで……どこまで女になったとか」
雄介おじさんの目の周りは赤くなっていて、かなり酔いが回っているのがわかった。
「本当ね。胸も結構大きいけどそれ本物? パッド? それともシリコン製かしら」
中年女の好奇心に満ちた目が僕の身体を舐めるように見る。
黙っていたら女が僕の胸を無遠慮に揉んできた。
「止めてください」
僕の怒りの言葉にも女は無頓着だ。
「あら、本物みたいね。女性ホルモン打ってるのね」
「しかし、ホルモン注射しても玉が残っててはあんまり効かないって聞いた事があるけどな、まさか去勢したのか」
雄介おじさんまで胸を触ろうとしてきたので僕は我慢できなくて立ち上がった。
このままでは、スカートの中までまさぐられかねないと思った。
ちょっとトイレに行ってきますと言って席を離れる。
おじさんが追ってこないか怖かったけど、そこまでの執着心はなかったようだ。
二階の自室の前で母の声に呼び止められた。
「つらいかもしれないけど、あなた自身が自分で選んだ道だからね。恨むのならその道に引き込んだ誰かか、引き込まれた自分自身を恨みなさい。父さんは貴方の何倍も苦しかったんだから」
声のした方を見ると、涙をためた母が階段の数段下から見上げていた。
「わかってるよ。でも、僕は自分の幸せを求めただけだから」
母の顔を見ずにそう言って僕は昔の自室に入った。
僕が高校を卒業してから主人のいなくなった部屋だけど、きれいに掃除されていて昨日まで寝起きしていた部屋のようだ。
気晴らしに本棚から昔のアルバムを取り出して眺めてみる。
中学時代の、まだ男だった頃の自分を見ると、胸の奥がちくちくと針で刺されるような感じがした。
頬がこけていて精悍な顔つきだ。
眉も太くて我ながらなかなかのイケ面だと思った。
そのまま男として成長していたら結構もてたんじゃないかな。
辰夫と並んで写っている写真もあった。
背景は白波のたった晴れた日の海で、二人は海パン姿だった。
そう言えば、この時初めて辰夫の物を口にしたのだった。
展望台での事から十日ほどたった頃の事だったと思う。
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