第2話
熊野岳山頂の展望台は、夏には格好のアベックの愛の巣になるらしい。
辰夫が仕入れてきた情報は、男と女の性愛というのに段々と敏感なる中学二年の頃の僕にとってもすごく興味深いものだった。
熊野岳の登山口は家から歩いて三十分くらいのところにある。
そしてそこから展望台まで、約一時間。
車道が通っているから車に乗ったアベックは歩いて上る必要はないが、車を持たない僕らは、その土曜日の午後スポーツドリンクの500CCペットボトルを一つ持って頂上を目指していた。
「でも、展望台って言うたら隠れて覗くとは無理があるんじゃなかや」
質問する僕の顎から、汗のしずくが一滴落ちていった。
「大丈夫って、あそこには木箱のついたごみ箱のあるやろ、あれの中身ば出してから中に隠れるとやっか」
なるほど、そう言えばあそこには確かに空き缶なんかを入れるごみ箱が設置されていた。
その大きさは、僕と辰夫の二人が隠れるのには充分な大きさだった。
五時過ぎとは言っても真夏の事だ。
まだ西の空が赤くなるにはたっぷり時間があった。
登山道の石段の上には、今を盛りと木の葉が茂っていて直射日光が弱められるのはいいが、風の無いその日は熱気がこもって蒸し風呂のようだった。
卑猥な期待に胸を膨らませた二人が足のだるさを訴え合う頃になって、ようやく頂上の芝生広場に出ることができた。
その小高い丘の上に、展望所がコンクリート剥き出しの骨組みで組んである。
デザイン的には味も素っ気もないものだった。
「まさか、もう来とるという事はないよな」
辰夫が独り言を言って先に歩き出した。
芝生広場の下手にある駐車場を見ても一台も車は止まっていない。
僕がそれを言うと、なかなかやるやっかと辰夫は嬉しそうに笑った。
展望台に上ると、思った通りそこには誰もいない。
隅にある木製のごみ箱カバーを二人で持ち上げて、中の金網でできた空き缶入れを取り出した。
そして、ほとんどごみの入っていない金網を展望台の下に下ろした。
かなり重たい物だったから二人とも汗だくな上にさらに汗をかき、筋肉痛にまでなった。
「まだ来そうになかな」
辰夫が展望台から駐車場を見下ろして言う。
僕は海側を眺めてゆっくりと赤味を増していく太陽を見つめていた。
夕陽を見るとなぜだか悲しくなる。それが人の死を連想させるからだろうか。
笑われるかもしれないと思いながら辰夫に聞いてみたら、辰夫は駐車場側から僕の横に来てうんとうなずいた。
「太陽は地球の生き物にとって絶対的なもんやけんな。おい達は次に朝が来るとしっとるけん平気で見守ってられるけど、それば知らん生き物にとっては死ぬのと同じくらいの事やろうね」
いつに無くまじめな答えに、こっちが面食らってしまった。
「おお、お客様がおつきになったごたっぞ」
駐車場から車のエンジン音が聞こえてきたとたん、辰夫は相好を崩して前もって移動してあったごみ箱に入る準備を始めた。
ああ、夕陽がきれいね、という女の声が聞こえる。
しばらくして展望台の階段を上がる足音も聞こえてきた。
僕らがごみ箱の中に隠れるて見ていると、若いカップルが上がってきた。
大学生くらいの年頃の二人だった。赤い光に照らされた女は目を潤ませて夕陽と男の顔を交互に見ていた。 男は何もしゃべらない。
ただ彼女の肩を強く抱いているだけだった。
男の顔が女の顔にかぶさっていく。女も抵抗することなくそれを受け入れている。
初めて生で見る本物のキスシーンだ。僕の身体は熱くなり喉が乾いてたまらなくなった。
ペットボトルの蓋を開けて中身を一口流し込む。
その音が妙に大きく思えて、カップルに聞こえないか冷や冷やしてしまった。
横では辰夫も節穴からの光景に興奮してるようだった。
同じようにペットボトルを傾けている。
ラブシーンはさらに進んで、男の手が女の胸をまさぐりだした。
ティーシャツの下から腕を入れてもんでいるのがわかった。
女の声が苦しげに聞こえた。止めて、なんて言ってるが少しもいやそうじゃない。
二人が急ぐ理由は僕にもわかった。のんびりしていたら次のカップルがくるかもしれないからだ。
二人に許された時間がどれくらいなのかは誰にもわからないのだ。
男の手が女のスカートを持ち上げる。
夕陽に赤く染まった白い下着が眼に痛かった。
太陽は海に沈み始めている。
二人の背景の東の空が青から紫色にゆっくり変わっていく。
男の手が女の股に入ってゆるゆる動き出す頃、暗さに我慢できなくなったセンサーが作動して、展望台の床に散りばめられたライトを点灯させた。
太陽電池で蓄えられた電気が二人の人影を下側からあぶりだす。
愛してる、とか好きだとか、そんな言葉は全然無かった。僕の頭の中の想像とは随分違っていた。
ただ二人は喘ぎ声と荒い息だけを発散しながら動物のように腰を振り回していた。
ちょっとショックだった。
人間の生々しい生態を初めて見た気がした。
最後は女が柵に手をついて腰を突き出し、その裸の尻を男が抱いて後ろから挿入した。
鼻水が出てきたと思って指で拭きながらすすり上げる。鉄の味がして、鼻水ではなく鼻血だとわかった。
辰夫を見るとにやけた顔でこっちを向いていた。
ごみ箱の中は暗くは無かったのだ。
この床板の無い箱の下側にもライトがあって、中を照らしていたのだから。
辰夫の手が伸びて僕の股間に触ってきた。
「なんばするとね」
小さな声で非難するけど辰夫の手は止まらない。
僕のすっかり固くなった物をジャージの上から擦り上げる。
思わず声が出そうなくらいに気持ちよかった。
「こっちも、あいばすうで」
意味もわからず首を振るだけの僕のジャージを辰夫は脱がせにかかる。
ひどく抵抗する事はできなかった。
そんな事をしたらすぐにがたがた音がしてカップルに見つかってしまう。
辰夫の真意はわからなかったけど、僕はおとなしくされるままになっていた。
ジャージとパンツを膝まで下げられて、汗をかいて湿った尻が生ぬるい空気の中に露出した。
辰夫は僕を後ろ向きにさせると、股間に手を入れて僕のものを握ってきた。
他人に握られるのは初めてだったけど嫌悪感よりも快感のほうが強かった。
辰夫も後ろでジャージをおろしている。
振り向くと床のライトに照らされた辰夫の物がすごくでっかく見えた。
その先端がすでに皮から飛び出て滑らかな丸い頭を見せている。
「公彦の尻、可愛か」
辰夫は僕の尻をなでまわした後、ポケットから何やら取り出した。
よく見たら給食のときにパンについてくる小さなビニール入りにマーガリンだった。
袋を噛み切って中身を左手にひねり出す。
それを僕の尻の真中に持っていってなすりつけてきた。
「ちょっと、やめろってば、なんば考えとっとね」
ううん、いい。という声が外から聞こえる。
外を覗きたい気持ちもあったが、それよりこっちの方が大問題だった。
「ゆっくりするけん痛くないって。騒ぐなよ。外に気づかれたらやばかけんな」
僕にはやっと辰夫の目的がわかった。最初からこれが目的だったのだ。
男と女のラブシーンを見に行くというのは僕を誘い出す口実で、僕が抵抗できない状況をじっくり考えて今日という日を設定してきたのだ。
「辰夫は、僕が好きと?」
いじめっ子からいつも僕を守ってくれていた辰夫のことは僕も嫌いじゃない。
むしろ好きと言ってもよかった。
もちろん辰夫の思いとは若干違う意味でだけど。
「公彦が可愛ゆうしてたまらん。大好きたい」
それならいいか、と僕は力を抜いた。辰夫の好きなようにさせてやろう。
辰夫の先端が僕の尻の当たるとすぐにマーガリンの滑りの良さでぬるりと僕の中に侵入してきた。
不思議と痛みは感じなかった。
辰夫がどうしてそんな事をしたいのか、理解できないまま僕は辰夫を受け入れていた。
後ろから僕に乗っかった辰夫の腰がぎこちなく行き来をして僕の体の中をかき回す。
つい僕も動いてしまってごみ箱が揺れる。
外の二人に感づかれたのではと穴から覗いてみたら、そこにはもう二人の姿は無かった。
う、う、とうなる辰夫に、僕がその事を告げる。
暑苦しかったごみ箱から這い出た僕らを、夜空に散りばめられた小さな光たちが迎えてくれた。
見下ろすと、駐車場のワンボックスに二人の人影が乗り込むところだった。
僕らはそこで、さっきのカップルがやっていたようにしてみた。
柵に手をついて僕が腰を突き出し、それを辰夫が抱く。
女になったみたいな気がした。それは少しも嫌な気分ではなかった。
それよりも心臓がどきどきして、こめかみが痛くなるくらいだった。
辰夫の動きが段々はやくなる。
ずんずんと突き上げられる衝撃で、何故か僕の物も痛いくらいに硬くなっていた。
く、くうと辰夫がうめいて、ガクンと動きが止まった。
お尻の中に生暖かいものが広がるのが感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます