第27話
2
行かなきゃ、行かなきゃ。
わたしはろくに身支度もしていないひどいかっこうのまま、バスに飛び乗った。
会場は、学校の二つ先のバス停のそばにある公共施設のエントランス。
着いてみると、どうも複数の猫カフェや保護施設が共同で開いている譲渡会みたいだった。
入り口に風船をたくさん飾ったゲートがあり、あちこちにブースが作ってあって、キッチンカーまで来ている。
かなり大きな催しだ。お客さんも想像よりずっと多い。
小さい子がゲージの前ではしゃいでて、なかには仔猫を抱っこして「この子がいい!」と主張している子もいる。
いっきにあせりが加速したわたしは、急いで会場を一周した。
でも、あのかわいいハチワレの顔が見当たらない。
たまらず、『スタッフ』という腕章をつけた若い女性を見つけて声をかけた。
ハチがお世話になってる猫カフェの店員さんじゃない。
ボランティアの人みたいだ。分厚いファイルを持っている。
「すみません! ハチワレの子、いませんか? ハチっていう名前の」
「はい? ハチワレの子ですか? ええと――ああ、この子かな。ハチくん」
スタッフさんが、写真の入った資料を見せてくれる。ハチだ。
「この子なら朝一番で譲渡先が決まりましたよ」
心臓が凍りそうになった。
「……決まったんですか……?」
「ええ。まずはトライアルからですけど」
スタッフさんはほがらかに答えたけれど、わたしの顔は反対に強ばっていくばかりだ。
譲渡先が決まった。
朝一番に。
なにそれ。
わたしは息が詰まりそうになりながら、それでも、必死になってスタッフさんに言った。
「あ――あの、その譲渡先って、どこの人ですか? 名前とか、連絡先とか、教えてくれませんか」
「え? それはちょっと……個人情報とかありますから……」
スタッフさんが困惑したように視線をさ迷わせた。
個人情報。確かにそうだよ。勝手に人のことを話しちゃダメだ。
だからこそ今日、この場でハチの新しい飼い主の人に会わなきゃいけなかったのに。
わたし、ばかだ。
ほんと、ばか。
なさけなくて涙が出そうだ。
「――マルちゃん?」
遠くから声がした。
わたしははっとして顔をあげる。
永人くんだ。
声だけで分かって、わたしは急いであたりを見回した。
目のきわに涙がたまって視界はにじんでいるけれど、一瞬で分かる。
心配そうな顔をして、人の間をかき分けるように走ってくる人。
永人くん。
わたしも、たまらず走り出した。
「永人くん!」
「マルちゃん!」
ほとんどぶつかるようにして、わたしたちは顔を合わせた。
今にも大事な何かが崩れ落ちそうなわたしを、永人くんは丸ごと全部受け止めるかのように笑いかけてくる。
「よかった。マルちゃん見当たらないからどうしたのかと思ってた」
「わたし、寝坊して。どうしよう永人くん……ハチが、ハチが」
「うん、うん。大丈夫、大丈夫だよ」
なだめるようにうなずいた永人くんは、次の瞬間「行こう」と言って、わたしの手をつかんだ。
ぐんと引っ張られる。昨日の、公園でそうだったように。
「永人くん、行くって、どこに?」
「ハチを引き取りたいって人のところ。待っててもらったんだ。マルちゃんが来るまで」
「ほんとに?」
「うん」
うなずいた永人くんは、肩越しにこれ以上ないくらいにまぶしい笑顔を見せた。
「お孫さんがうちの学校にいるんだって。それで、マルちゃんが作ったポスターを見てて、昨日のバスケ部の騒動も、そのお孫さんって人が見てたらしい」
「うそ」
「ほんと。マルちゃん、やっぱあきらめなくてよかったんだよ!」
ぶんと手を振って、永人は走りだした。
たくさんの人がいる中を、分け入るように。
そしてわたしも走るのだ。心も、体も。
涙も吹き飛んでいくくらい。
「あ――ハチ!」
人の多いエリアを駆け抜けたとき、とうとつに目の前にあのかわいいハチの顔が見えた。
壁際に置かれたケージの中で、鼻を上にして右を向いたり、左を向いたり。
わたしを探しているみたいだ。
「ハチ!」
思わず永人くんの手を離れてケージの前まで走ると、ハチはわたしを見つけて「うにゃあ」と大きい声で鳴いた。
まんまるの瞳がわたしを見ている。
たちまち胸がいっぱいになった。
もう会えないかと思った――あきらめなくてよかった――。
涙ぐみそうになった、そのときだった。
「……どなた?」
ケージの向こうから声がした。
髪を茶色に染めた、ふっくらした体型のおばあさんだ。
目をあげたわたしのことを、厳しい顔で見ている。
わたしは思わず息を呑んだ。
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