7章 キミとバスケと、キラキラのお話

第22話



 息を切らせて体育館に駆けつけると、入り口にたくさんの人が集まっていた。

 なんでだろう。女子が多い。壁際で、みんなきゃあきゃあ騒いでいる。


「すいません、通ります」


 人垣をかき分けるように館内に入って、びっくりした。

 数人の男子が制服のままバスケをしていたのだ。

 みんなブレザーを脱いでネクタイをとって、腕をまくって。

 恰好は半端だけど、遊びや息抜きのバスケじゃないってことは表情で分かった。

 みんな、真剣なのだ。

 

 そのプレーヤーの中に、永人くんがいる。

 誰よりも機敏にコートを駆けまわっている。


「戦いって……バスケのことだったの……?」


 乱闘騒ぎを予想していたわたしは、少し拍子抜けしてしまった。

 

 でも、一緒についてきた結愛ちゃんから「相手はバスケ部の人だね」と、同じく同行している新名さんから「山岡っちの方は全員うちの中学の元・バスケ部だわ」と聞いて、わたしの頭の中はこんがらがってくる。


 同じ中学の元・バスケ部員をそろえて、現役のバスケ部員と試合並みの真剣勝負をしている状況って、なに?


 それに、ハチの飼い主をめぐって戦うって話は? 

 何の関係があるの?

 まさか、勝負に勝ったらハチを飼うとか、そんな条件付けたわけじゃないよね。

 永人くんに限って、まさか、そんな……。

 

 不安がよぎり、永人くんを見る。

 

 コートの中の永人くんは、いつもの彼と目つきが違った。

 ボールを取りに行くのに相手にぶつかったり、ボールを守るのに相手を振り払ったり。

 いつもなら絶対やらないような動きにゾクッとする。


 でも、なぜか目が離せない。


「あー、西城さいじょう先輩がいるんだねー。どうりでギャラリーが多いと思った」


 結愛ちゃんが言うので、わたしは「西城先輩って?」と聞き返した。


「バスケが超うまいイケメンの先輩なのー。ほら、今ボール持って……ああ、パスしちゃった」

「げ、パス受けてるのチャラ男じゃん」


 動きが速すぎてイケメン先輩が誰なんだか、結局分からなかった。

 でも、新名さんがつぶやいたおかげで、倉内くんの存在には気づいた。


 今ボールを持ってる。

 永人くんとは敵対してるみたいだ。

 彼の背後から風のように近づいた永人くんが、倉内くんの手からボールを叩き落とす。

 そして即座に回される、鋭いパス。

 楽に投げてそうなのに、真っ直ぐで速い。

 元バスケ部だから当然なのかもしれないけど、永人くん、うまい。


 背丈があるのに動きが細やかで、ドリブルは変則的なリズムなのにスピード感がある。

 パスが回るとボールが吸いつくように手に収まって、そうかと思うとゴールに向かって放ったボールがきれいにネットに吸いこまれて……魔法でも見ているみたいだ。

 ドキドキしてくる。


「さすが山岡っち」


 見慣れているのか新名さんはクールな反応だけど、わたしはいちいち声を出してしまいそうで、我慢するのが大変だ。

 いや、ほかにも見ている人がいて、みんなは悲鳴と歓声をあげるのに忙しそうなんだけど。

 

 キュキュッとときおりシューズのこすれる音が響き、絶えずボールが跳ねる振動が伝わる。

 パサ……ってゴールネットが揺れる。

 

 何の試合なんだか分からない、どっちが何点取ってるかも分からないけど、誰も彼もが夢中だ。

 もちろん、わたしも。


 コート内を何度もボールが行き来し、点をとられてはとり返す攻防の連続。

 そんな中、


「山岡くん、いいとこ見せてー」


 結愛ちゃんがのんびりした口調であおった――直後だった。


 パスを受けた永人くんが、空を駆けあがるようにボールをゴールネットに押しこんだ。

 

 ぐんとリングにぶら下がり、ダン――と着地した瞬間の衝撃が、おなかの底に響いてくる。

 

 鳥肌が立った。あまりに迫力があって。

 

 ギャラリーがわっと歓声をあげるなか、息を切らした永人くんが倉内くんの方に目を向ける。


「はい、二十点先取。これで俺らの勝ち。もー蒸し返すなよ」

「マジかよ……完敗」

 

 勝利宣言をされた倉内くんは、情けない顔でその場にへたりこむ。


「おつかれ、永人ー」

「みんなありがと。助かった」


 同じチームの人たちと順にハイタッチをして、体育館の端に投げてあったブレザーを拾いに向かう永人くん。

 わたしは、たまらずそちらに走った。


「永人くん!」

「ん? ――うわ。マルちゃん! いたの⁉」


 試合中の気迫はどこへやら、永人くんはアニメみたいな表情で驚いた。

 わたしは興奮を身体の奥に押しこむように大きくうなずく。


「ハチのことで戦ってるって聞いて、気になって」

「いや、それはちが――いや、違わないか」


 あわてて弁解しかけた永人くんが、ため息つきつつあごを伝う汗を拭った。

 なぜだろう、勝利宣言するくらい快勝したはずなのに、顔色がさえない。


「永人ー、オフェンスー」

「ファイオー」


 永人くんと一緒に戦っていた人たちが、追い抜きざま、楽しそうに永人くんを叩き始めた。

 なんだろう。試合後の儀式? 

 バスケのことは体育の授業で習う程度のことしか知らないからよく分からないけど、永人くんは「ヤメロ」と迷惑そうに手を振り払って、きょとんとするわたしの視線から逃げるように、ひとり方向転換してしまう。


「……顔洗ってくる」


 ボソッとした口調だった。

 こんな不機嫌な永人くんははじめで、わたしは戸惑う。

 だけど、永人くんを囲んでいた人たちは面白そうに笑っていて、そのうちひとりが床に放置されたブレザーを拾い、わたしに差し出してきた。


「ねえ、これ、永人の。持ってってくれる? 俺たち先に教室帰るから」

「あ、はい」


 ブレザーを丁寧に受け取って、永人くんを追いかける。

 永人くんは、体育館脇の手洗い場で顔を洗っていた。

 水の勢いがけっこうすごい。襟とか、だいぶ濡れてそう。


「永人くん、ハンカチ使う?」

「いいよ、濡れちゃうから」


 水を止めた永人くんは、したたる水に頓着せず、額やほおに張りつく髪をかきあげる。


 ドキッとした。

 いつもと違って大人っぽくて、どこ見ていいのか分からない。


「マルちゃん、ちょっと話していい?」

「う、うん」

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