第11話



「うっそー! それ絶対マルちゃんに気があるよ!」


 スマホから佐緒里のはしゃいだ声があふれてきて、わたしは大慌てて通話口を押さえた。

 いや、そんなことをしても意味はないんだけど。気持ちの問題だ。


 ホームルーム前の学校である。

 最初は文字でメッセージのやり取りをしていたんだけど、途中で佐緒里の気持ちが暴走したらしく、いきなり通話に切り替わったところ。

 朝礼の時間が迫っているから、教室を出てすぐの廊下でコソコソ電話中だ。


「佐緒里、声大きいよ」

「だってデートのお誘いじゃん! 一大事だよ!」


 佐緒里に断言されて、言葉に詰まった。

 わたしはわけもなく周囲を警戒して、小声で、


「……やっぱりそう? あとで考えて『あれ?』って思って……」

「えー! マルちゃんしっかりしてよー!」

「だって……」


 男の子と二人でおでかけ、しかも休日に……って、本来わたしには相当ハードルが高いことのはずだ。

 でも永人くんが話しやすいから、佐緒里と遊びの約束するみたいに深く考えずに了承してしまったのだ。

 そして今さら「どうしよう」なんて思ってる。


「マルちゃん、行きたくないの?」

「そういうわけじゃないよ。永人くんには気をつかわせちゃったし、今さら『やっぱり行かない』なんて断るのも悪いし……」


 なんてもっともらしい理由を並べているけど、分かってる。

 ただわたしの中の人見知りな部分が、怖気づかせているだけだ。


 じゃあいいじゃん、と、佐緒里が声を弾ませた。


「嫌な人じゃないんでしょう? ふつーに、猫飼い仲間ができたと思って楽しめばいいよ!」

「う、うん……」

「あ、ごめん予鈴鳴った。じゃあね!」


 佐緒里の元気な声がぷつんと途絶えて、わたしもスマホを耳元からおろした。


 ホーム画面に映ったハチワレ猫の顔を眺めながら、確かにね、って、心の中でつぶやく。

 

 永人くんは、初対面こそウッドデッキの下から這い出てきた不審者だったけど、今は感じのいい猫好きの男の子っていう印象だ。

 少なくとも今まで――まだ数える程度しか会ってないけど――気まずい沈黙が生まれるとか、どうしても顔見るのが無理とか、思わなかったし、猫を飼ってるから話題がなくて困るってことはないと思う。


 大丈夫だよね。


 自分自身に確認しながらスマホを握りしめ、がやがや賑わう教室を横断。

 席の近くまで来ると、前の席の新名さんと目が合った。

 以前スマホの件で注意してくれた人だ。


 思わずパッとスマホを後ろに隠してしまった。

 またスマホ依存みたいに思われそうで。


「お、おはよう」

「おはよう」


 ぎこちなくあいさつしたわたしに、新名さんは頬杖ついてクールに応えた。彼女の席のすぐわきには住田すみださんが立っていて、彼女もわたしにあいさつしてくれる。


 住田さんは、新名さんとよく一緒にいる子だ。

 ふんわりした髪が肩の上で揺れる、やわらかい印象のする人。自分から前に出ようとするタイプではないみたいで、正直印象が薄かったんだけど、あいさつついでにニコッとしてくれて、少し緊張していたわたしをなごませてくれた。


「野上さん、山岡永人と知り合い?」


 席に着くタイミングで新名さんにそうきかれて、ゆるみかけた気がきゅうっと引き締まった。

 と同時に椅子に手をかけたまま固まってしまって、「え?」と、高速でまばたきしながら聞き返してしまった。


 新名さんは頬杖ついたままクリッと目だけをわたしに向けて、


「今朝一緒にバスに乗ってなかった?」


 不意打ちに、わたしの心臓は跳ねあがった。

 見られてたんだ!


「え、えっと、知り合いっていうか、近所に住んでるみたいで。今朝はたまたま、一緒になっただけだよ!」


 急いで説明したけど、なんでわたし、しどろもどろなんだろう。

 しかもなんか言い訳っぽい。

 動揺して頭の中がぐるぐる回り始める。

 そんな自分が情けなくてかーっと顔が熱くなったけど、せっかく振ってくれた話を終わらせたくなくて、わたしは急いで息継ぎした。


「新名さんも、永人くんのこと知ってるの?」

「同中だから」

「わたしもー」


 住田さんが横で小さく手を上げた。


「ふたりとも? そうだったんだ!」


 じゃあもしかして、二人とも家の方向が一緒なのかな。

 混んでるから気づかなかったけど、いつも同じバスに乗ってたのかな。


 このチャンスは逃せないとばかりにいろいろと聞こうとして、でも、絶妙なタイミングでチャイムに邪魔されてしまった。


 住田さんが髪を揺らしてゆったりとその場を離れ、新名さんがサッと前を向いて。

 貴重なコミュニケーションは終了。


 この空振りに心がどっと疲れて、一時限目の授業を迎えることになるわたしだった。

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