3章 キミと放課後と、カフェラテのお話
第8話
1
放課後、どういう顔をして行こうかとさんざん悩んだわたしだったけれど、いざそのときが来たら顔とか格好とか、考えているヒマがなかった。
遅くなってしまったからだ。日直のせいで!
一緒に仕事をした新名さんと、黒板消しをクリーナーに掛けたり、時間割の掲示を明日のものに入れ替えたり、日誌を書いたり。
日直は放課後までやることがあって、しかもはじめてだから、けっこうモタついてしまったのだ。
仕事をしながら、教室の窓から永人くんがもう長いこと待っているのが見えていて、しかも門に背中を預けてスマホを見ている姿は完全に『彼女を待ってる彼氏』の空気感で、いたたまれない。
わたしなんかのためにごめんなさい!という気分だ。
でも、このクラスではじめて回ってきた日直を新名さんひとりにお願いするわけにもいかない。
焦りながらなんとか終わらせ、
「じゃあ、新名さん。わたし、帰るね!」
と、無駄に力んで宣言し、教室を飛び出し、校舎を飛び出す。
少しでも永人くんの待ち時間を短縮したくて、全力疾走だ。
「あ、マルちゃん」
猛烈な勢いで近づくわたしに気づいた永人くんが、ひょいと背中浮かせて手を上げた。
けっこう待たせたはずなのに、笑顔である。
「ごめんね、待ったよね」
「大丈夫。むしろなんか用事あったんじゃない?」
「ううん。日直だっただけ」
「そっか。ごめん、急に誘ったからね」
永人くんが言った。その笑顔とやさしさにふっと気が抜けそうになる。
「マルちゃん大丈夫? 深呼吸する?」
「う、うん」
走りどおしで息も絶え絶えのわたしは、永人くんに促されて大きく息を吸い、細く長く吐き出した。
今日は天気もいいからブレザーが暑い。
ハンカチで軽く汗を押さえて、ひとまずふうと肩で息をついた。
「で、マルちゃん、何食べたい? 考えた?」
落ち着いたところで永人くんがそう切り出し、わたしは内心びくっとした。
おそるおそる永人くんの顔を見上げると、彼は人のよさそうな笑みを浮かべてわたしの答えを待っている。
「えーと……それなんだけど……」
わたしはよくよく息を整え、校門の二本先のとおりに見えている看板をそっと指さした。
真ん中に『7』が書かれた、超有名な看板だ。
当然それを知っている永人くんは、いちおうそれを見て、まわりに他に何もないことまで確認して、きょとんとする。
「……コンビニ?」
「うん。冷たいカフェラテ、飲みたいなあって」
わたしがおずおずとそう主張したとたん、永人くんの顔から吸い取られたように表情が消えた。
うん、分かってる。
わたしが言ったことと、永人くんの考えていることは、たぶん六十度くらいズレている。
永人くんがメガネの下で激しく目をまばたきさせた。
「えーと。コンビニコーヒーってこと?」
「うん、そう」
「遠慮することないよ。俺、ケーキでもパフェでもなんでもおごるつもりだから」
「いいの、コンビニコーヒーで。じゃなくて、コンビニコーヒーがいい」
不満そうな永人くんに、わたしは力いっぱい訴えた。
べつに、コンビニコーヒーにこだわりがあるわけじゃない。
ただ、大げさにお礼をされるほどのことでもなかったし、男子と一緒に飲食店に入るって、わたしにはハードルが高すぎる。
かと言って永人くんの気持ちも無下にできない。
総合すると、コンビニコーヒーくらいがちょうどいいのだ。
――なんて、わざわざ主張はするほどでもないから黙っていたけど。
「マルちゃん、謙虚」
感心したように肩を下げる永人くんに、わたしはあわてて首を振った。
「ホントに謙虚だったらアイスコーヒーにするよ。そっちの方が安いもん。でも……」
「カフェラテの方が好き?」
「うん」
「そっか。じゃあ行こ」
永人くんがふわりと笑った。
よかった。納得してくれたみたいだ。
下校するほかのユリ校生たちに混じって、わたしたちも歩き出す。
でもわたしだけなんだか足の動きがぎこちない。
だって男子と肩を並べて歩くことなんかないもん。
一方の永人くんは、落ち着いている。
英文科って英語の授業多いんだよね、とか、担任の先生誰、とか。
いろいろときいてくれる。
そのおかげで、わたしは質問にひとつずつ答えていくだけで話が続いた。
永人くん、話し上手。
クラスにいるときはあんなに緊張するわたしなのに、今、すごくリラックスしてる。
あっという間にコンビニに着いて、さっそくアイスカフェラテを買ってもらった。
永人くんは自分用にアイスコーヒーとお菓子を買っていて、
「座って飲もう。あっちに公園にあるから」
店の外に出るとそう言って、さっさと信号を渡り始めてしまった。
一瞬どうしていいか分からなかったけど、意を決してわたしも足早についていく。
公園は信号のすぐ先で、敷地を囲うように並ぶ木々の間を通り抜けると、そこは芝生の広場になっていた。
そして、奥の方の少し小高くなったところは、斜面に這うように丸い花壇が作ってある。
「わ、あれって花時計なんだ!」
途中で気がついて、わたしは歓声をあげた。
そんなに大きいものじゃないけど、パンジーやビオラで彩られた花壇には、太い矢印みたいな針がちょうど九十度の角度を作っている。
永人くんが一度花時計の方に目をやり、わたしの方を見た。
「はじめて見た? あれ、CMにも出たことあるよ」
「そうなんだ! あ、ちょっと写真撮っていい? 友だちに送りたい!」
「いいよ。カフェラテ貸して。もっとく」
「ありがとう!」
お言葉に甘えてカフェラテを預け、わたしはスマホ片手に花時計の写真を撮りに行った。
もちろん、見せたいのは佐緒里だ。
撮ったその場でメッセージもつけずに送ると、すぐに『きれい!』と返事があって、そうかと思うと、
『今って例の彼も一緒? がんばってー!』
最後には投げキスする猫のスタンプが送られてきて、思わず悲鳴をあげそうになった。
「撮れた?」
って、永人くんがまたタイミングよく声をかけてくるから心臓が縮みあがりそうだ。
わたしはあわててスマホを胸に伏せて、ブンブン首を振った。
「う、うん! ばっちり! ばっちりだよ!」
「よかった。はい、カフェラテ」
「あ、ありがとう!」
変な汗をかきながらスマホをカバンの奥にしまいこみ、カフェラテを受け取る。
ちょうど花時計を真正面に見られるベンチがあいていたから座ることにしたんだけど、先に座った永人くんとどれくらい間をあけて座ればいいか分からなくて、変にもたついてしまった。
とりあえず、ひとり分くらいスペースをあけて座ってみる。
間に永人くんがコンビニ袋を置いた。
よし、いい距離感だったみたいだ。……たぶん。
ひとりで焦ってひとりで疲れて、ひとりでふうとひと息ついて。
今度は前に投げ出された永人くんの脚の長さにびっくりして、なんとなく、自分の脚をそろえてベンチの下に引っこめる。
わたし、テンパってばかりだ。
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