第7話



 遠くの景色を眺めるようにそんなことを考えていると、永人くんが「ねえマルちゃん」と首をかしげるような恰好で視界に割りこんできた。


 いけない。意識が別の世界に飛びかけていた。


 あわてて「なに?」とたずねると、永人くんは顔だけこちらに近づけて、周りにまぎれるくらい声をひそめて、


「よかったら今日一緒に帰んない?」

「えっ」

「お礼したい」


 耳をくすぐる声に、わたしは火がついたようにあわてた。


「い、いいよ、お礼なんて。大したことしてないし」

「いや、すげー助かったから。なんかごちそうさせて。あ――もしかして彼氏いる? そうならダメか」

「か、彼氏とかいないよ! さびしい身だよ!」


 まだ友だちもできないし――なんて、さらにさびしいことを暴露しそうになって、わたしは口をつぐんだ。

 しかもなんだかやけに力説してしまって、恥ずかしい……。


 前髪を押さえながらちらりと見ると、永人くんは口元に手を当て小さく笑っていた。

 気づかいなのかな。

 いっそ大声で笑ってくれた方が楽なんだけど……。


 口下手全開で黙ってしまったわたしに気づいて、永人くんは表情をやわらげ、姿勢を正した。

 そしてぱっと明かりがついたように笑ったかと思うと、


「じゃ、放課後正門のとこで待ってるから」

「え!」


 いつの間に話がまとまったの⁉

 

 びっくりまなこのわたしに、永人くんは「何食べたいか考えといてね」とオマケの一言を残して行ってしまった。

 

 待って待って待って!

 

 心の中で叫びながら、わたしは放心状態で彼を見送る。

 

 偶然助けた猫の飼い主が同じ学校の人、とか。

 その人に放課後誘われる、とか。

 こんなこと、あるの……?

 ――ていうか、放課後、どうするの!


「次の人どうぞー」


 購買のおばさんのに声をかけられ、ハッと我に返る。


 いつの間にか『パンダのおなか』争奪戦が終わっていて、わたしはおばさんに促されるまま駆け寄り、陳列棚からとりあえず二つレジに持っていった。

 

 よく見ないまま買っちゃったから、いつもは総菜パンと菓子パンをひとつずつと決めているのに、あんパンとクリームパンという最強に甘い組合せだ。


 ああもう、動揺しすぎ。

 

 情けなくなって、中庭でパンを食べながら佐緒里に助けを求めると、


『やっぱり運命じゃん!』


 ハートマークを飛ばしながら「キャー!」と叫ぶ猫のスタンプが送られてくるだけで何も解決せず、わたしは足が浮いたような心地のまま、その日の午後を過ごすことになった。

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