第7話
3
遠くの景色を眺めるようにそんなことを考えていると、永人くんが「ねえマルちゃん」と首をかしげるような恰好で視界に割りこんできた。
いけない。意識が別の世界に飛びかけていた。
あわてて「なに?」とたずねると、永人くんは顔だけこちらに近づけて、周りにまぎれるくらい声をひそめて、
「よかったら今日一緒に帰んない?」
「えっ」
「お礼したい」
耳をくすぐる声に、わたしは火がついたようにあわてた。
「い、いいよ、お礼なんて。大したことしてないし」
「いや、すげー助かったから。なんかごちそうさせて。あ――もしかして彼氏いる? そうならダメか」
「か、彼氏とかいないよ! さびしい身だよ!」
まだ友だちもできないし――なんて、さらにさびしいことを暴露しそうになって、わたしは口をつぐんだ。
しかもなんだかやけに力説してしまって、恥ずかしい……。
前髪を押さえながらちらりと見ると、永人くんは口元に手を当て小さく笑っていた。
気づかいなのかな。
いっそ大声で笑ってくれた方が楽なんだけど……。
口下手全開で黙ってしまったわたしに気づいて、永人くんは表情をやわらげ、姿勢を正した。
そしてぱっと明かりがついたように笑ったかと思うと、
「じゃ、放課後正門のとこで待ってるから」
「え!」
いつの間に話がまとまったの⁉
びっくりまなこのわたしに、永人くんは「何食べたいか考えといてね」とオマケの一言を残して行ってしまった。
待って待って待って!
心の中で叫びながら、わたしは放心状態で彼を見送る。
偶然助けた猫の飼い主が同じ学校の人、とか。
その人に放課後誘われる、とか。
こんなこと、あるの……?
――ていうか、放課後、どうするの!
「次の人どうぞー」
購買のおばさんのに声をかけられ、ハッと我に返る。
いつの間にか『パンダのおなか』争奪戦が終わっていて、わたしはおばさんに促されるまま駆け寄り、陳列棚からとりあえず二つレジに持っていった。
よく見ないまま買っちゃったから、いつもは総菜パンと菓子パンをひとつずつと決めているのに、あんパンとクリームパンという最強に甘い組合せだ。
ああもう、動揺しすぎ。
情けなくなって、中庭でパンを食べながら佐緒里に助けを求めると、
『やっぱり運命じゃん!』
ハートマークを飛ばしながら「キャー!」と叫ぶ猫のスタンプが送られてくるだけで何も解決せず、わたしは足が浮いたような心地のまま、その日の午後を過ごすことになった。
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