2章 キミと購買と、バレッタのお話
第5話
1
中高生が嫌いなものっていくつもあると思うけど、真面目な子でもそうでない子でも、男子でも女子でも、一番嫌いなのは「親の小言」だと思う。
かく言うわたしも嫌い。
特に朝一番の小言。
「マル、起きてきたなら『おはよう』くらい言いなさい」
「……おはよう」
「もっと元気に言えないの? 若いのに」
あてつけるようなため息。
本当に、うんざりしてしまう。
うちの母は小言が多い。
最近仕事をやめて、もっと増えた気がする。
父がいればその矛先は二分されるけど、父は家を出るのがものすごく早くなったから、もっぱらわたしが狙われてばかりだ。
「お・は・よ・う」
やけになって声を張ると、「なんなのその口調……」とまた小言。
文句を言われないように振る舞えばいいんだろうけど、最近のわたしにはそんな気力がない。
「
遠くから、そうわたしを援護する声があった。
祖母だ。
南向きのソファからこちらの方に首を伸ばして、わたしにほほえみかけてくる。
「マルちゃん、高校はどう? お友だちできた?」
なにげない質問に、わたしは一瞬硬直した。
やさしい眼差しを向けてくる祖母。
わたしはサッと目をそらして、
「……同じ中学から来てる子たちでグループできてる」
それだけ言って、朝食もそこそこに家を飛び出した。
ああ、いやだ。
いやだ。いやだ。
わたしはバス停までの道をひた走る。
空は気持ちのいい快晴なのに、泥を跳ねて走っているような気分。このベージュのブレザーを着るようになってから、毎日だ。
わたしはこの春、
間もなく創立九〇年を迎えるという公立高校で、「地元で有名大学を目指すならユリ校」と言われるくらい、進学に力を入れている学校だ。
伝統があるだけに校舎は古いけど、怖い男子や派手な女子がいない落ち着いた校風。
そのあたりは気に入っているんだけど、地域に根差しているだけに生徒のほとんどが地元の中学からやってきていて、先月県境を越えてこの街に引っ越してきたわたしには、実はけっこう――いや、かなり、居づらかった。
「……おはよう」
「あ、おはよー」
教室に入り、とりあえず、目の合った子との無難なあいさつに成功。
席に着いてカバンを置いて。
おしゃべりしたり、宿題を見せ合ったりしている周りを横目に、わたしはいそいそとスマホを取り出す。
佐緒里からメッセージが届いていて、ホッとしながら画面をタップ。
『マルちゃん、今日もがんばれー』
届いていたのは短い言葉だったけど、ふわんと胸があったかくなった。
小学校からの付き合いである佐緒里は、高校にあがるにあたってわたしがひとりになるのをすごくすごく心配してくれて、こうして毎日のように連絡をくれる。
『ありがと』、『がんばる!』と返信すると、すぐに応援団スタイルの猫のスタンプで応えてくれた。
思わずスマホを抱きしめてしまう。
慣れない土地で知らない人たちに囲まれていても、こうして佐緒里とつながっているからなんとかやれている。
佐緒里には感謝しかない。
ゆっくり深呼吸したあとでスマホを放し、もう一度メッセージを見直そうとすると、指が触れていたのか画面がスクロールされていて、佐緒里との数日前のやり取りが表示されていた。
『なにそれドラマみたいな出会いじゃん!』
『運命感じる!』
『どうせならID交換とかすればよかったのに!』
佐緒里が怒涛の勢いで送ってきたメッセージは、わたしが人助けならぬ猫助けをした日のものだ。
わたしが『こんなことあったよー』と報告したら、予想外に佐緒里が食いついてきたのだ。
今見返しても佐緒里の興奮度が伝わってくるからついつい笑ってしまう。
でも、運命とかそういうのはともかく、久々に猫をモフモフできたのはうれしかったな。
なんとなくしんみりしながらトークルームを閉じると、スマホのホーム画面にハチワレ猫の写真が表示された。
たちまち、ぬくもっていた心が温度を下げる。
画面の上からこっちを見るまん丸の目に、かわいさと寂しさが同時にこみあげてくる。
なでたい。抱っこしたい。
わたし今ちょっとつらいんだって、聞いてほしい。
かなわない願望と分かっていながら、画面の猫をなでる。
すると、スマホが指を感知して、パスコードの入力画面が立ちあがった。
冷たい機械の感触に、ため息が出た。
「――
急に声をかけられて、わたしは肩を跳ねあげた。
わたしを見ているのは、ひとつ前の席に座っている
目がきりっとして、ボブヘアが似合う子。
あまりニコニコしているタイプじゃないけど、そこが大人っぽいなとわたしは思っている。
「ご、ごめん。何するんだっけ、日直」
「とりあえず日誌の準備と、授業のあとの黒板消しとか。日誌の準備は終わったから」
「あ、そうなんだ。ごめんね。ありがとう。黒板消し、わたしもやるから」
「別にいいけど。気づいた方がやればいいから。――でも」
新名さんがわたしの手元をじっと見た。
「スマホばっかりいじるの、よくないと思う」
ひゅっと、一瞬息がつまりかけた。
「……あ、うん。そう、そうだよね……学校だもんね。ごめん、やめるね」
変にドキドキしながら、急いでスマホをカバンにしまう。
新名さんはそのままなにも言わず自分の席に着いたけれど、わたしといえば猛烈に恥ずかしくなって、椅子の上で小さくなった。
だってわたし、入学してからずっと、ヒマさえあればスマホばっかりいじってたのだ。
佐緒里とのやりとりとか、猫の写真を見て、さびしい気持ちをまぎらわせていた。
でも、周りから見たらただのスマホ依存だ。
今ごろ気づいた。
最悪だ。
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