第60話

軽く触れただけで離れ、私は戸惑う先生をまっすぐ見上げる。



「人の気も知らないで、無闇やたらと触ってくるし、無駄に優しいし、先生はっ……ズルイっ!」



「あぁ? 何だその無茶苦茶な文句はっ……」



「不良教師っ! 変態っ! 鈍感っ! バカっ!」



「お、おいっ……」



困らせたい訳じゃないし、こんな事言いたい訳でもない。



自分が子供過ぎて、笑えもしない。



頭の中がぐちゃぐちゃで、でも止まらなくて。



「何で……先生なの……。何で……生徒なんだろ……」



「柚菜……」



視界が滲む。



堂々と愛を囁く事も、堂々と手を繋いで出掛ける事も、キスだって、抱き合う事すら出来ない。



人を好きになるだけで、どうしてこんなに制限されるんだろう。



どうして教師だから、生徒だからって、大切な気持ちを押し殺さないといけないんだろう。



誰にも、人の気持ちを否定する権利なんてないのに。



「好きだっ、バカっ!」



流れる涙を拭う事もせず、私は倉庫の鍵を先生に投げつけて、倉庫を飛び出した。



出来るだけ遠くに走る。



先生に釣り合うように、何て、私には無理だったのかな。



私は自分が思っている以上に、子供で、意思が弱い。



これじゃぁ、先生に意識してもらうとか、好きになってもらうなんて、みんなが言う“エロい体”を使う以外に方法なんてない。



しかも、今なんて先生にその体すら効果がないんじゃ、どうしようもない。



渡り廊下を通り、普段から人がほとんど使わないし、今は放課後だから余計に人のいない、校舎裏の先の一番端の裏階段を選んで、壁に背を付けて息を整える。



「はぁ、はぁ、体力、なさ過ぎっ……はぁ……」



逃げるのに夢中になっていて忘れていたけど、荷物も戸締りも全て放り出して来てしまった。



「はぁ……取りに行かなきゃ……。先生、もう、いないかな……」



少し休憩して行くしかない。



姫乃にメッセージを送り、スマホをしまって一息吐く。



「気ぃ済んだか? 暴走娘」



声がして、そちらを向こうとした瞬間、私は懐かしい匂いに包まれる。



「捕まえた」



後ろから抱きすくめられ、先生の腕の中にすっぽりと収まってしまう。



「ったく、好き勝手文句言うだけ言って逃げやがって。お前いつからこんなお転婆になった? 元々か?」



「どうせ私は子供ですよ……」



「なーに拗ねてんだよ。ほんと、可愛いな、お前は」



ほら、また子供扱い。



やっぱり先生にとって、私はどこまでも子供なのだ。

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