第58話
ある日の昼休み。
私は体育館裏に来ていた。
「俺、ずっと木鷺さんの事いいなぁって思ってて、今フリーだって聞いて、さ。その、もしよかったら、俺と付き合って欲しい」
長身で割と人気そうな男子が、目の前で少し頬を赤くしてそう言った。
前までの私なら、どうしただろう。
今の私には、彼のような人は綺麗過ぎる。
「今は、誰とも付き合う気はないから」
ごめんなさいと頭を下げる私に、彼は笑って「聞いてくれてありがとう」と言った。
いい人だ。彼なら、すぐにいい相手が見つかるだろうと、自分にしか分からない程度に笑う。
「こうしてまた。屍が一つ増えてゆくのであった」
「人生って、厳しいものね……」
「そんな所で何やってるのよ、二人共」
草むらに身を隠した彰人と姫乃が、至って真剣な顔で言った。
彰人に関しては、何処から持ってきたのか、ブロッコリーみたいに葉っぱが付いた木の枝を両手に持っている。
木に扮しているつもりなんだろうか。
「若いっていいねぇー。おら、お前等もさっさと戻れよ、休み時間は有限だぞー」
学校で先生を見るのは久しぶりだ。
私は最近、準備室を片付ける時には必ず先生がいない時を狙っている。
別に避けているつもりはないけど、結果的には避けているように見えるだろう。
でも、先生と二人きりになってしまうと、やっぱり甘えが出て、つい先生に縋って、間違って言ってはいけない言葉を口にしてしまいそうになるから。
「体調は? 平気か?」
「……はい、元気です。先生も相変わらずですか?」
「まぁ、俺は特に何も変わらねぇな。お前は……何か、スッキリした顔してんな。学校、楽しいか?」
「はい、楽しいです。友人達も賑やかで、毎日飽きないですよ。先生のおかげです」
先生が一瞬だけ驚いた顔をしたけど、すぐに優しく笑って近づいてくる。
心臓が、うるさい。
私は必死に表情に出さないよう、筋肉を引き締める。
「俺じゃなくて、お前が頑張ったからだ。よかったな」
そう言って白い歯を見せて笑う先生は、大きな手で私の頭を撫でた。
チャイムが鳴り、先生がいなくなって、姫乃と彰人に先に教室へ行っててもらい、私は体育館裏でしゃがみこむ。
「はぁぁぁぁー……」
緊張で震える体を落ち着かせるように、大きく深呼吸をする。
先生が触れた頭が妙に熱くて、そこに手を置く。
「あんな可愛い顔で笑いかけて、頭撫でるなんて……反則だよ……」
顔に熱が集まり、胸がザワついて落ち着かない。
「はぁー……やっぱり、好きだなぁ……」
何度も体を重ねているのに、まるで初恋でもしているかのようだ。
くすぐったいような、でも心が躍るような、頬が自然と緩む感覚。
廊下や授業で先生に会うと、つい意識してしまう。
なるべく先生に気づかれないように、先生を見る事くらいは許して欲しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます