第九章

第42話

私の疑問に、貴臣はポケットからスマホを取り出して少し操作した後、私にそれを差し出した。



意味が分からず、スマホと貴臣を交互に見ていると、手にスマホを握らされる。



「ほい、見てみな」



渡されたスマホの画面を見ると、連絡先の画面で、実家や明彦、バイト先と大学の友達であろう男の人の名前、他にも数人男の人の名前はあるものの、女の人の名前が全くない。



「……えっと……これはどういう……」



「あんまり真面目な話すんの好きじゃないんだけど、とりあえずこれは俺の覚悟と言いますか」



困惑している私の隣の席に座り直し、こちらを向いて姿勢を正した貴臣と視線がぶつかる。



「俺、柚菜の唯一になりたいんだけど、いかがでしょう?」



貴臣の言っている意味が理解出来ずに固まっていると、両手を私より大きな手に包まれる。



「俺を、恋人にしてくれませんか?」



「……は?」



「付き合ってじっくりお互いを知っていって、仲を深めていけたらと思ってるんだよねぇ」



話が先へ進み過ぎていて、ついていけない。



そんな私を、貴臣は更に置いて行ってしまう。



「そりゃ、そのうちいつかは結婚して子供も欲しいけど、それはまだちょっと先かなって。何せ俺はまだまだ柚菜といっぱいエロい事もしたいし、俺等の始まりは普通じゃなかったじゃん? だから、柚菜とちゃんと恋人として、デートしたり、旅行行ったり、他にも色んな事したいと思ってる」



真剣な顔で言われ、ゆっくり頭の中で整理していくうちに、顔に熱が集まり始める。



久しぶりの真面目な告白に、気恥ずかしさが全身を巡る。



告白をされた事がないわけじゃないけど、ここまで真剣でちゃんとした告白は初めてだし、ましてや相手があの遊び人だ。



正直、完全に信用出来るかと言われたら、答えはNOだ。



「柚菜が何に引っかかってるかは分かるよ。俺、お世辞にも素行がよかったとは言えないし、心配する気持ちも、信用出来ないのも分かる。ただ、そこは俺もちゃんとしてるとこ見せていくし、努力はするつもりだよ。だから、柚菜にそれを傍で見てて欲しい」



そんな簡単に信用出来るかは正直分からない。



けど、少しだけ、信用してみたいと思う自分は甘いのだろうか。



「駄目? 俺、絶対後悔させないように頑張るし、これからも柚菜とずっと一緒にいたい。柚菜が、欲しいんだ……。お願い柚菜、俺に柚菜を、頂戴……」



両手を優しく握られ、ゆっくり距離が近づく。



「柚菜……ねぇ……俺と付き合って。はいって、言って?」



額にキスをされ、こめかみにも一つ、そのまま耳にもキスが落ちる。



「好きだよ、柚菜……。お願いだから、俺だけの柚菜に、なって……」



甘い声で囁かれ、頭の奥が痺れる。



甘美な誘惑に、絆される。



首にキスの後、少し見つめ合って、唇へのキスを覚悟して目を閉じる。



けど、その時はなかなかやって来なくて、ゆっくり目を開くと、後数ミリという所に貴臣の顔がある。



「俺の覚悟見てもらうから、キスも、その先も、受け入れてもらってから、ね?」



今の私には、この言葉はある意味の脅しであり、呪縛だ。



この人は、本当にズルい。



私より、私の扱いを分かっているみたいだ。



完全に彼を覚え込んでしまった私には、こんな拷問みたいな事、耐えられるはずがなかった。



それを彼は分かって、利用している。



求められるのは、悪くない。



受け入れるしか、私には道がないのだろう。

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