第38話

やってる事が常識人のする事かと聞かれたら、返す言葉はないけれど。



少なくとも、私は貴臣といて嫌な思いをした記憶はほとんどない。



ただ、この人が私といて、いつでも抱ける以外で、何かメリットがあるのかは謎でしかない。



色々考えていると、到着したようで、車が止まった。



駐車場に停め終え、貴臣が先に出る。



私がシートベルトを外して扉を開こうとしたら、扉が勝手に開く。



「歩けそう? 昨日もだいぶ無理させたから、なんなら抱いて行きますが? お姫様」



「ふふっ、大丈夫」



「へぇー……」



「……何?」



「柚菜はそんな顔で笑うんだね。可愛過ぎて心臓止まるかと思った」



跪いたまま、心臓を掴む仕草をする貴臣に、また笑ってしまう。



貴臣はどこまでも自然に褒めるから、どうしていいか分からなくなる。



不覚にも、照れてしまう時があるから困る。



そしてもう一つ困った事が。断ったにも関わらず、私の体は調子が戻っていないらしく、立とうと動かしたはずの脚が、震えて上手く立てそうにない。



どうしようか迷っている私を、慣れた手付きで小さい子を抱っこするように抱き上げた。



「え、ちょっ……」



「うわ、軽っ! 柚菜、ちゃんと食べないと大きくなれないぞ」



「お父さんみたい……」



「失礼な。まぁ、冗談はさておき、これ以上細くなったら、抱き心地も悪くなるから、これ以上は痩せないで。何かあっても、心配だしさ」



言って、頬にキスをされて、戸惑う。



この人はどこまで本気で言っているんだろう。



何を考えてるかも時々分からなくて、掴めない。



「そう言えば、明彦は?」



「ん? あぁ、アイツの事は気にしなくていい。本当は早く忘れるのがいいけど、なかなかそう簡単に忘れられないだろから、ゆっくりでいいよ」



貴臣の言った言葉が理解出来ず、私は絶句する。



突然、明彦を忘れろなんて、どういう意味だろう。



そもそも、明彦は最近私が部屋を出ようとすると、飛び起きるくらい私の行動には敏感なのに、今日はどうやって二人でここまで来れたのだろう。



貴臣に抱っこされて移動しながら、私は疑問を投げたけど「殺したりはしてないから、安心して」と、冗談混じりにはぐらかされてしまった。



「大丈夫。明彦には、明彦の事を一番に考えてくれる子がついてるから」



多分、綾坂さんの事だろうと察した。



確かに、私もそれが一番いい結果だと思っていたから、それ以上は何も言わなかった。



明彦がどう思っていようと、それが彼にとって幸せであろうとなかろうと。

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