第八章

第37話

毎日のように、疲れ果てて気を失って眠る。目が覚める度に、夢だったらと何度も思う。



けれど、現実はそんなに甘くはない。



なのに、今日は少し様子が違った。



目が覚めて最初に見る光景がいつもなら、明彦の部屋かお兄さんの部屋なのに、今日は何故か車の中だったから。



しかも、運転席にはお兄さんだけがいる。



「あ、起きた? おはよ。ってまだ朝の五時だけど。まだ眠いなら寝ててもいいよ。ちゃんと運んであげるから」



「……何処か、行くの?」



喘ぎ過ぎて少し枯れた声で聞くと、運転席で優しい目をしたお兄さんがこちらを見た。



「俺の家。あぁ、安心して、両親にも明彦にも場所は言ってないから、俺だけしか知らないよ」



「お兄さんの……家……」



「そう、俺だけの家。あのさ、ずっと言おうと思ってたんだけど、その“お兄さん”ての、悪くないんだけどやめない? そろそろ俺も名前で呼んで欲しいしさ」



「名前……私お兄さんの名前、知らない……」



「マジ? あぁ、まぁ、うん、確かに色々すっ飛ばしちゃったし、そこまで長い付き合いする予定じゃなかったから、自己紹介してなかったもんね」



お兄さんは苦笑して、赤信号で止まった時にこちらを見る。



「改めまして、明彦の兄で“貴臣たかおみ”って言います、よろしくね。気軽に“たーくん”でも“たっくん”でも、好きなように呼んで。あ、ダーリンでもいいよ?」



「じゃぁ、貴臣さん」



「うーん……さんはいらないかな。それなら呼び捨てのがいいな、恋人みたいだし。あ、俺も柚菜って呼ぶわ。“柚”じゃ明彦と被るし、俺が呼ぶ度に弟を思い出されちゃ……ねぇ?」



呼び捨てで呼ぶのが恋人かは知らないけど、お兄さん、貴臣が微妙な笑顔を浮かべる。



毎日のように見てるのに、いつどんな表情を見てもやっぱりイケメンだ。



この人に、何人の女が翻弄されて来たのだろう。



まぁ、この人の場合はモテる要素が顔だけじゃないのだろうから、またタチが悪い。



好きとかではないけど、実際私も今の所、貴臣を嫌いにはなれていない。



遊んでいる以外は、普通に常識人だし、大人だし、何より、家族でもましてや恋人でもない私を、やり方はどうであれ、凄く大切にしてくれているのは事実だ。

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