第34話

〔綾坂由美side〕



最近、明彦の様子がおかしい。



前より更に彼女にベッタリで、前は昔のように私の事も気に掛けてくれていたのに、今では言葉を交わすのは最小限で、素っ気ない。



私は昔から明彦が好きで、明彦だけだったのに、木鷺柚菜が、あの女が現れてから、私の日常から明彦がどんどん奪われて行く。



「ちょっと目立つからって、調子乗り過ぎだろ」



「それな。男子もヤりたいだけでしょ。何が“高嶺の花”だっつーの」



友人達の言葉を聞きながら、私は返って来ない返事を待つように、スマホを何度も確認した。



一緒に帰ってくれていた日々もなくなり、学校が終わると明彦は、あの女と仲良さそうに手を繋いでさっさと帰ってしまう。



もうさすがに限界で、私は明彦の家を訪れる。



いつもなら、インターホンを押すと明彦のお母さんが出て来てくれるのに、誰も出てくる様子はない。



しかも、部屋中のカーテンは閉まっていて、暗くて、人の気配もない。



でも、明彦が中にいるのも、お兄さんが中に入ったのも確認している。



しかも、もう日は沈んで、暗くなりつつある。



お兄さんは遊び歩いているとしても、明彦が遊び歩くのはそうそうある事じゃない。



だから、少なくとも明彦はいるはずだ。



何度目かのインターホンを鳴らした時、玄関の明かりが点いて、気だるげに髪を掻き上げながら、ペットボトルの水を片手に、上半身裸のお兄さんが現れる。



私はお兄さんが苦手だ。



何を考えているか分からない、掴めない所が苦手だ。



「こんばんは。あの……明彦、いますか?」



「やぁ、由美ちゃん、こんばんは。まぁ、いるにはいるけど……今忙しいから、今度にしてもらえる?」



ニヤニヤしながら話すお兄さんの後ろに、靴が見える。



明らかに、二人以外の靴が一つ。



私と同じ、女物の指定靴。



「ちょっと失礼しますっ!」



「えっ、ちょっ、由美ちゃんっ! 今は……って……

はぁ……あーあ……可哀想に……」



私はお兄さんの呼び止める声を聞く事すらせず、通い慣れた明彦の部屋へ直行する。



ノックしろとよく言われていたけど、した事はないし、今後する予定もない。



私はいつものように、ノブを握る。



「……っ……」



中からくぐもったような、明らかに普通の声ではない声がする。



女の、声。



その合間に、明彦の声。



確実に、恋人同士が愛を育む行為の時の声だ。



怯んだ私の背後から、お兄さんのダルそうな声がしてそちらを見る。



「入らないなら、どいてくれる?」



私が、ノブから手を離すと、お兄さんがまるで自室に入るかのように、自然にノブをひねる。



「え? あ、あの、今は……」



「あぁあっ!」



高い女の艶やかな声に、体がビクリとする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る