第17話
お兄さんが明彦の腕を掴む。
「明彦、やめろ。女に乱暴すんのは違ぇだろ」
「兄貴には関係ないだろっ! 余計な口出しすんなよっ!」
少しだけ明彦の手の力が緩んだ隙に、私は手を振り払う。
「私ね。今まで物分りのいい彼女を演じてただけだったんだ。明彦が好きだと言ったその唇で綾坂さんとキスをしたのも許せないし、彼女の私より先に綾坂さんと関係を持った事も。どれも理解出来ないの」
どの口が言っているのか。
ほんと、自分がクズ過ぎて笑える。
「でも、私も同じようなものだし、明彦だけが責任を感じる必要もないし、私の事は嫌いになって忘れてくれたらいいから」
「柚は……そいつが、好きなのか?」
「私とあの人は……そんな関係じゃないよ」
恋愛感情なんて、生まれるはずがない。
少なくとも、先生が私を好きになる要素なんて、全くないから。
「好きじゃないなら、俺達が別れる必要なんてないよな」
「……は? 明彦……何を……」
「柚は俺が由美と関係を持ったから、そいつと関係を持ったんだろ? なら、俺が柚だけを見れば、柚だって俺を見てくれるって事だろ?」
何を言っているのか、さっぱり分からない。
私は人間と会話しているんだろうか。
「俺は絶対別れないよ。何があっても、柚から離れる気はないから、諦めて」
「明彦……違うんだって。明彦が裏切った事実は変わらないし、私が明彦を裏切った事実も変わらない。それに明彦といたら綾坂さんが絶対チラついちゃうし、無理して笑って一緒にいるなんて、私には拷問だし、何より、私は前ほど貴方を好きじゃないの」
「俺は柚と離れるなんて考えられないし、離さない」
駄目だ。話が全然通じない。
私がどうしたらいいか分からずにいると、お兄さんが口を開いた。
「とりあえず今日はもう遅いから、この話はまた落ち着いてしな。明彦は部屋で頭冷やせ」
「兄貴っ……」
「いいから。もうすぐお袋達も帰ってくるし、これ以上同じ話してどうすんだ。彼女は俺が送ってく」
半ば強引に、お兄さんに肩を抱かれて家を出た。
「いやぁー、我が弟ながらあれは危険だわ」
「あの」
「うちの弟がごめんねー。腕痛かったでしょ? 大丈夫?」
「あの、肩から手、離して下さい」
「まぁまぁ、そう堅い事言わない言わない」
さすが遊び人。チャラい。
「この辺でいいかな」
突然足を止めたお兄さんを見上げると、石の壁に背をつける形で追い詰められる。
お兄さんの体が密着する。
明彦より少し背が高い彼を見上げると、片方の口角を上げて笑う。
「で? 柚ちゃんは、明彦をそこまで好きじゃないし、体の関係だけの人がいて、今本命はいない。で、合ってるかな?」
「何が言いたいんですか?」
「俺を本命にしてみない?」
何を言い出すんだこの人は。
「お兄さんは、女性にだらしないと聞いてますが?」
「おや、そんな事聞いちゃったの? 余計な事を……。まぁ、それはそれ、これはこれ、な?」
腰に回す手がやたらいやらしいからか、ムズムズする。
けれど、お兄さんの力が思った以上に強くて、抵抗が無意味になる。
「弟から離れたいなら、俺を利用してみない? 協力するよ? どう?」
「ちょっ……冗談は、やめてっ……」
顔がゆっくり近づいて来るのを、顔を背けて回避するけど、すぐに戻される。
「抵抗されたら余計やる気出ちゃうじゃん。睨んだってダーメ。美人がそんな顔したって、男を興奮させるだけだって学習した方がいいよ?」
「やだっ、やめてっ……ちょっ……んっ!」
私の力なんて、簡単にねじ伏せられるのだと思い知る。
「んんっ! んンっ……っ……」
お兄さんの肩を叩いて抵抗していた手首が取られ、壁に押し付けられ、抵抗すら許されない。
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