第16話

覚悟はしてきたはずなのに、なかなか言葉が出ず、部屋を出るタイミングを逃してしまい、扉の前でただ立つ。



「柚」



優しい声で囁き、明彦が近づいて、私は扉に背を付ける形で明彦を見上げた。



「もしかして、ヤリ過ぎたから……怒った?」



「……そんなわけないでしょ、気にし過ぎだよ明彦は」



私はちゃんと笑えてるだろうか。



「はぁ……ずっと閉じ込めてたい……」



「んっ……あきひっ……ぅんンっ、ふっ……はぅ、んっ……ダメっ……」



「ダメなの?」



「ンっ、はぁ……んんっ、はっ……」



扉に押さえつけられ、激しいキスで身動きが取れず、受け入れるしかなくなってしまう。



「柚……」



「明彦……さすがにこれ以上はっ……」



再び服の中に手が侵入してこようとした時、部屋をノックする音に明彦の手が止まる。



「明彦ー、入んぞー」



「あ、兄貴っ!? ちょっとまっ……」



突然開いた扉に、凭れていた私の体はよろける。



「おっと。おっ!? めちゃくちゃ美人さんが俺の腕に。ラッキー」



「兄貴っ、離せよ」



「何だよ。自分だけこんないい女独り占めかよ。ズルいじゃんよー」



手を伸ばした明彦から離すように、明彦のお兄さんであろう人に抱きすくめられる。



フワリと甘い香水の香りがした。



「ヤってる声したから、由美ちゃん来てるのかと思ったら、違ういい女連れ込んでんだもんな。お前もやるじゃん」



「兄貴っ!」



焦りながら、大きな声を上げた明彦が私を見る。



今がチャンスなのかもしれない。



「明彦、別れよう」



「柚……今のはその、違うんだっ……」



「違わないでしょ? もしかして、私が知らないとでも思ってた? バレずにやるなら、もっとちゃんと隠さなきゃ。弱く見えても女は怖いんだから、隙なんて見せちゃダメだよ。だから首にキスマークなんて付けられちゃうんだよ?」



意外と悲しさはなくて、落ち着いて笑えているのが複雑だ。



お兄さんは不思議そうに私と明彦を交互に見ている。



明彦は何か言おうとしてはやめを繰り返している。



「明彦お前、まさかこの子が本命彼女なんかよ……」



「兄貴は黙ってろよ。柚っ、俺柚と別れるなんて嫌だっ! ごめんっ! もう絶対しないっ! 会うなって言うならもう由美には会わないっ! だから別れるなんて……」



「明彦は綾坂さんに会わないなんて出来ないでしょ」



「出来るっ……」



「出来ないよ。それに、浮気してるのは、明彦だけじゃないから」



私の言葉に、明彦が固まる。



心臓が、うるさい。



「他の人とシてるのは、明彦だけじゃないの。お互い様だから、明彦が謝る必要ないよ」



明彦が、震える手で私の腕を掴む。



力が強くて、痛みに顔が歪む。



「相手……誰だよっ……」



「痛いよ、明彦っ……」



「誰だって聞いてんだろ?」



「離して。何を言われても、されても、言わない」



痛いけど、先生の事を言うわけにはいかない。

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