第6話

何故こんなにも短時間で、ここまで部屋を散らかす事が出来るのか。



「いやぁー、不思議不思議ー」



後頭部に手を当てながら、先生は悪びれる様子もなく明るく笑う。



「何で他人事なんですか?」



「はははー、頼りにしてるぞ、柚菜」



「まったく、調子いいんだから……」



触れるだけのキスをされ、また無邪気に笑う先生は、二人きりの時、私を名前で呼ぶ。



でも、私が先生を名前で呼び返す事はない。



先生みたいに私は器用じゃないし、気を抜くとどんな時でも言葉にしてしまいそうになるから。



頭をくしゃりと撫でて、柔らかい笑顔を浮かべた先生は、たまにまるで本当の恋人にするみたいな甘い態度を取る。



私はそれに少しだけ戸惑ってしまう。



散らかる部屋を片付けていると、珈琲のいい香りが漂ってくる。



私専用に用意されたマグカップを渡され、いつもの定位置のソファーに腰掛けた。



珈琲を一口飲んで、ホッと一息吐く。



「で? 優柔不断な彼氏君とは、最近どうよ?」



悪意を感じる言い方が気になりながらも、私は先生の質問に「いつも通りです」と答えた。



「何だそりゃ、つまんねぇなぁ……」



人の事で退屈しのぎしないで欲しい。



「先生こそ、彼女作らないんですか?」



「……色々面倒だから、いらねぇかな」



つまらなそうにそう言って、先生は珈琲を煽った。



大人。



今まで色んな女性を渡り歩いて来たであろう先生の、何処か憂いを帯びたような横顔が、いつものふざけた彼とは違う人に見えた。



HRが終わり、放課後を告げるチャイムが鳴ると、私は荷物を持って廊下に出ると、こちらに歩いて来る明彦が目に入った。



手を上げて優しく笑う彼が、憎らしい。



「どっか寄ってく?」



「行きたいとこ、あるの?」



「いや、特にはないけどさ、たまにはゆっくり柚菜とデートしたいなって」



散々綾坂さんに邪魔をされるから、なかなか二人で出掛けるなんて出来ない。



今日、彼女は友人と約束があるらしく、一緒にはいなかった。



何処に行こうか、何をしようかと楽しそうに話す明彦に手を取られ、私は明彦と共に校門を出た。



久しぶりに歩く街は、私達と同じような学生が多く、もちろん幸せそうな恋人達もいて。



私と明彦も、他人から見れば何の問題もない恋人同士に見えるのだろうか。



幼なじみに縛り付けられて、ハッキリしない優柔不断などっちつかずの彼氏と、他の男、それも教師と体を重ねる汚い彼女。



そう考えるだけで、笑えて来る。



「柚菜? どうしたの?」



「ううん、久しぶりだから、楽しいの」



ほんと、おかしくて笑える。



最低だ。



彼も、そしてもちろん、私も。



夕陽が沈み始め、駅に着く。



別れを惜しむみたいに、なかなか指が離れない。



「はぁ……離れたくない」



「明日も学校で会えるよ」



寂しそうに言う明彦に笑いかけると、キョロキョロとしている明彦が私の手を引いて、柱の影に移動する。



「……柚菜……キス、したい……」



「ふふ、いちいち聞かなくていいよ」



ゆっくり明彦の顔が近づいて、私は目を閉じた。



目を閉じると、何故かキスをする綾坂さんと明彦の姿が頭を過ぎって、体に力が入るけど、必死に耐える。



同時に、先生のキスを思い出す。



優しく触れるだけの明彦とは違う、絡みつくような、体が熱くなる大人のキス。



訳が分からなくなる思考を掻き消すように、明彦の胸に顔を埋めた。



「柚菜、好きだ……めちゃくちゃ好き……」



「うん、私も……」



好きだよ、愚かで優しくて、残酷な貴方が。

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