第4話

久しぶりに二人で過ごす昼休み。



「やっぱり柚の作った弁当最高っ!」



「クスッ、大袈裟だね、明彦は」



「いや、マジだって。由美なんて料理はからっきしだからさ」



綾坂さんの名前が出た瞬間、先生のあの言葉が頭を掠めた。



私のお箸が止まった事に、明彦がハッとした顔をして、すぐに申し訳なさそうな顔に変わった。



「ごめんっ! つい……」



「ううん、大丈夫だよ。ほんとに二人って仲良しだよね」



「親同士も仲良くてさ、産まれたの時から一緒で、兄妹みたいに育ったから。でも、由美は俺にとって妹みたいなもんだし、他の奴が何て言ったって、俺は柚が一番だから」



真剣な顔でまっすぐ見つめながら言う明彦に、私は笑って見せた。



もちろん不安がないわけではないけれど、彼がそう言ってくれているなら、それを信じるのが私の役目だ。



それでも、私は言わずにいられなかった。



確認、したくなったんだ。



「じゃぁ……恋愛相談とかも……したり、するの?」



「え? あ、うん。柚に告白する前とか。後、その……」



言葉を濁した瞬間、分かってしまった。



そこからは、自然と口が動いていた。



「その先の相談……とか?」



明彦が顔を赤くして、驚いたようにこちらを向いた。



でも、まだ、そうと決まった訳じゃない。相談しただけかもしれないし。



ドクンドクンと波打つ心臓。嫌な感じだ。



「キスの練習とか……した?」



私の言葉が、静かな屋上に大きく響いた気がした。



見開かれた目と、驚いた表情、沈黙。



それだけで、十分だった。



気持ち、悪い。



「柚っ、俺っ……」



「ごめん。ちょっと、混乱してるから、時間もらえる?」



お弁当を片付けて、立ち上がる。



「柚っ! ごめんっ!」



「ごめんね。こっちから、連絡するから……」



それまでは、関わってこないでという拒絶の気持ちを込めて、私は明彦に笑いかけた。



屋上を後にするけれど、私の足は教室へは向いていなかった。



化学準備室。



鍵のかかっていない部屋の扉を開いて、奥の部屋へと向かう。



相変わらずカーテンを締め切って、薄暗い部屋に先生の背中が見えて、何処か安心している自分がいた。



「よぉ、彼氏といたんじゃなかったの、か……って……お前、すげぇ顔色悪いぞ」



「先生の言った事、ほんとだった」



それだけ言った私に、先生は察したようで、黙ってしまった。



「まぁなんだ……とにかく座れ」



言われるがまま、私はソファーに座る。



コーヒーを入れに行った先生が戻ってきて、部屋に鍵を閉めて、扉の小窓に自分で付けたと自慢していたカーテンを閉めた。



「ほら、コーヒー。飲んでちょっと落ち着け」



私は落ち着いていると言いたかったが、明らかに震えた手は、カップを取り損ねてカップが床に落ちる。



割れたカップへ無意識に手を伸ばしていた。



「こら、危ないから触んなっ……」



「ぃっ……」



止められた時には、指に小さな赤。



ピリッとした痛みに、先生のため息が聞こえた。



「ったく……当たり前みたいに触ろうとしてんなよな。ちょっと見せてみろ」



私の手を自分の顔に持っていき、傷を確認する。



私はその様子を、ただ見つめていた。



「消毒するからちょっとま……」



目が合う。



またドクンと胸がザワついた。



嫌な感じじゃなくて、何だか変な感じで。



先生は無言で私を見つめ返していて、私も先生から目を離さなかった。



先に動いたのは、先生だった。



「んっ……」



怪我をした部分に、先生の温かい舌が這う。痛みと痺れ。



先生が私の指を口に咥えて吸う。



「っ……ぁ……」



指だけじゃない。体まで痺れて、声が漏れた。



これは、快感だ。



傷を舐められ、吸われている間も、先生は視線を外す事はなくて、私も同じだった。



そして、引き寄せられるように、先生と私の距離が縮む。



唇が触れそうなくらいまで縮まった距離。その時、先生が口を開いた。



「こっから先は、俺にはもちろん、お前にもリスクが伴う。それでも、お前はこのまま先に進めるか?」



先生の質問に、少し頭が冷えたけれど、私は先生の目を見つめたまま、頷いた。



明彦と綾坂さんがキスの練習と称してした事は、私には初めて感じた嫌悪で、そこで生まれた感情は、怒りだった。



先に裏切ったのは、明彦だ。



「いいね……お前の覚悟ごと全部、俺がしっかり受け止めて、不安なんか、消してやる」



先生の唇が私の唇に触れた。



もう戻れない。



初めてのキスは、優しい彼氏とのキス。



そのキスは、先生とする大人のキスで塗り替えられていく。



「ンんっ、はぁっ、ぅんっ、んっ……」



貪るようにされる、乱暴だけれどどこか優しいキス。



明らかに興奮していた。



もっとと体が先生を求める。



明彦と綾坂さんの事も、他の何も考えられなくなるくらい、頭は真っ白で、痺れていて。



熱く火照る体が、先生に暴かれていく感覚に、体が喜び、震えた。



「お前、ほんとに高校生かよっ……エロすぎだろ。つか、声、出すなよっ……」



「ゃ、む、りっ……ぁっ……」



唇を塞がれ、熱が喘ぐ声ごと先生に飲まれて行った。



こうして、私と先生の秘密の関係は始まった。

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