第3話

先生の片付けの手伝いをしながら、色んな話をした。



先生のご両親は、夫婦揃って外国で研究をされているとか、三年程恋人がいないとか、ピーマンが嫌いとか、よく生徒にここまでペラペラと自分の事を話せるなと思いながら、私も楽しかったので黙って聞いていた。



もちろん、私も自分の話をしたけれど、私に関しては特に何も面白い話などないので、家族構成やら、好きな物の話くらいしかする話がなかった。



「そういえばお前、彼氏は? お前なら選り取りみどりだろ」



片付けが一段落して、お馴染みのコーヒーを飲んでいると、先生が突然そんな質問をした。



「一応、います……」



「へぇー……誰よ」



話しやすかったのもあって、私は先生に明彦の事と、幼なじみの事を話した。



もちろん、色々と省いて話したのは言うまでもない。



「あー……そいつら知ってるわ。有名だからな、あの二人は」



「そうなんですか? 私はそういうの興味ないから疎くて」



先生が言うには、二人はかなり仲が良くて、付き合っていないのが不思議なくらいで、明彦が私と付き合いだした頃にも、まさか明彦が綾坂さん以外の彼女を作るなんてと、かなり噂になったらしい。



そのついでに、自分がそんなに有名人だったのかという驚きもあった。



美人でエロい高嶺の花。そんな事を言われても困る。ハッキリ言ってしまえば、性の対象にされているという事なんだから、何とも複雑だ。



「何であの二人がってな。お前がフリーじゃなくなったって嘆いてた男子生徒の屍を、俺は何人も見てきたからさ」



ニヤニヤしながらコーヒーを啜る先生に、私は苦笑だけを返した。



「でも、またややこしい彼氏を選んだもんだな、お前も……」



言わなくても知ってる。先生が何を言いたいのかも。



分かってるのに、別れないのは何でなのか。自分でもよく分かってないのかもしれない。



でも正直、意地もあるのかもしれない。



家族みたいに近い幼なじみで、人が注目するくらいに仲良くて、見えない絆みたいなものがある特別な立場の綾坂さん。



そんな二人の間に割って入って、その彼を独り占め出来る特別な立場にいる私。



二つの特別な立場。



それを最大限に利用する、器用で可愛い綾坂さんと、彼女という立場をほとんど利用出来ずにいる、不器用で可愛くない私。



その違いへの意地だ。



仕事人間で忙しい両親。年の離れた双子の弟と妹。毎日という訳ではないけれど、二人の世話と家の事をするのが長女として生まれた私の仕事。



その環境のせいか、何かを求めるのが下手で、コミニュケーションが苦手な性格も助けてか、感情を上手く出すのも下手。同年代といるとつまらなそうだとか、冷めてるとよく言われる。



もう、言われ慣れた言葉。



ほんと、愛想もなくて可愛くない。



明彦は何で私を選んだのか。彼も、他の男達と同じなんだろうか。



そうなら、付き合ってイメージが違うとか、こんなはずじゃって、いつか幻滅するんだろうか。



「告白はお前から……なわけないか。あっちだろうな、この場合は」



「どうして?」



「だって、どう考えたってお前はああいうタイプを自分から選ばないだろ。お前じゃなくてもアイツを好き好んで選ぶ奴は、余程のチャレンジャーでもない限り、なかなかいないんじゃないか? なんたって、アイツの隣にはいつも綾坂がいるからな」



確かに。あんなに仲良くて、入る隙間すらなさそうな二人の間に、わざわざ割って入る物好きはそういないだろう。



ましてや、綾坂さんがあそこまであからさまに敵対視してくるのだから。



「で? お前等はどこまでいってんだ? まぁ、アイツそこまで女知ってるタイプでもなさそうだし、いってもキスくらいか」



唐突な質問と、図星を突かれた事に絶句していると、先生は笑い出す。



「お前意外と表情豊かだな。可愛い奴」



そう言って頭をくしゃりと撫でられ、胸の辺りがすこしザワついた。



初めて感じる、変な、感覚だ。



「アイツそういうの綾坂にも相談とかしてんのかね。キスの練習とか言ってそそのかされてたりしてな」



さっきとは違う、嫌な胸のザワつきに鳥肌が立った。



それは、ちょっと考えたくない。



何だか、嫌な感じだ。



「おいおい、マジにとんなって。冗談だ」



でも「ありえない事じゃないがな」と、小さく呟いたつもりの先生のこの言葉が、私の耳にいつまでも残っていた。

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