第32話

恥ずかしさで、蓮君の顔が見れず俯く。



気遣うみたいに、背を撫でてくれる蓮君の様子を恐る恐る確認するようにチラりと見る。



ダイレクトに目が合って、すぐに逸らしてしまう。



「ふっ、テレてる冴香も可愛い」



「か、からかわないでっ……」



「からかってないよ、本心だし。どんな冴香も可愛い」



両腕で包み込まれ、頭にキスが落ちる。



凄く甘やかされてしまって、くすぐったい。



「ねぇ、冴香……こっち見て……」



耳元で甘い声が、私の体を痺れさせる。



「お願い……冴香」



優しい誘惑に、恐る恐る蓮君を見ると、艶やかな笑みがあって、その目に吸い込まれる。



「好きだよ」



「私も、好き……っ……」



ゆっくり唇が触れて、熱く溶けてしまいそう。



手を繋いで学校を出て歩く間も、体がふわふわしている感覚で、蓮君に笑われてしまった。



その日の夜は、なかなか寝付けなかった。



それから、何度か蓮君からキスをされる事が増えた。



別に付き合っていたら当たり前だろうし、特に嫌とかそういうのはないけど、蓮君は人目を気にせずしようとする時があるから、少し困ってしまう。



なるべく人前では控えて欲しいけど、断って蓮君を傷つけたりしないだろうか。



考えて、私は経験豊富な男子といえばと、桂川君に意見を求めた。



「はぁ? そんなん蓮が悪いんだから、冴香ちゃんが気を使う必要ないよ。嫌なら嫌って言わないと、アイツは特に周りとか気にしない奴だから、空気読むとかしないし、はっきり言った方がいいよ。何なら、ちょっとくらい殴ったって大丈夫だよ。それに、冴香ちゃんの言う事なら聞くだろうしね」



少し過激な意見ではあったけど、参考にはさせてもらう事にした。



「ま、それとなく俺からも言っとくよ」



「ごめんね、私経験ない事ばかりだから」



「いやいや、俺で役に立てるなら何でも言って。冴香ちゃんは俺にとって、蓮の彼女の前に、大事な友達だと思ってるからさ」



自動販売機横のベンチで並んで座る、桂川君の優しい笑顔と言葉に、ありがたさでこちらも自然と笑顔になる。



「人の彼女口説くな、冴香は絶対あげない。冴香、頼はダメ」



「れ、蓮君っ……」



「お前はアホか。友達の彼女口説くわけないだろ。俺はそこまで飢えてない」



突然後ろから伸びて来た腕に包まれる。



驚きで言葉がほとんど出てこず、桂川君は呆れたみたいに言う。



「やば、修羅場ってんじゃーん。つか頼マジ最悪ー」



「略奪か……桂川って人の、しかも友達の彼女にまで手を出すんだ……最低……」



「唯ちゃんも、莉央奈ちゃんも何て酷い事をっ! やっぱり二人共俺の事嫌いなのではっ!?」



賑やかになったいまだ、蓮君は私を離してくれない。



「冴香、男はオオカミさんなんだよ? 隙を見せちゃあっという間に喰われるんだからね?」



「れ、蓮君……私モテないし、心配いらないよ……」



自分で言ってて虚しくなってくる。



そんなに頼りなく、隙だらけに見えるのだろうか。



「冴香はぼんやりしてるとこあるし、思ってるより悪い男はたくさんいるから、気をつけなきゃ危ない」



確かにぼんやりしてるとはたまに言われるし、しっかりしてるなんて大それた事は言わないけど、私だって危機感を少しくらいは持ってるつもりだ。



何か、納得いかない。



「……あ、ヤバいかもー……」



「那茅場、早く謝った方がいいわ、これ」



蓮君の絡みついている腕を両手を使って離し、立ち上がる。



状況が分からないといった顔の蓮君を見上げる。



「私は蓮君達みたいに経験豊富でもないし、知らない事ばかりだけど。私だって、いつもボケっとしてるわけでも、隙だらけでもないっ……私は……」



何か言いたいのに、何を言えばいいのか分からず、言葉がすんなり出て来ない。



それが変な焦りに変わる。



「私は、蓮君にそんな子供みたいな心配されなくても、お、お姉ちゃんなんだからっ!」



自分で何を言ったのか全く覚えていないけど、とりあえずこの場から離れたくて走った。



「……怒り慣れてないから、怒り方分かんないんだろーね……」



「あーあー、レンレン冴香を怒らせちゃったねー」



「ごめん……これ、笑っちゃダメなヤツ?」



「いや、まぁ、桂川の気持ちも分からんでもない」



「あはははっ、冴香マジ最高ーっ! ほんと好きー」



笑う莉央奈、笑いを堪える桂川君と唯、そして膝から崩れ落ちて、ベンチに体を預けて俯きながら、胸の辺りの服を掴む蓮君。



「……何だあれ……可愛過ぎるだろっ……」



みんなの反応や、蓮君の変なツボにスイッチを入れてしまった事に気づく事もないまま、私は一人トイレの個室で頭を抱えていたのだった。

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