第七章

第31話

開かれた扉から、蓮君が入って来る。



「待たせてごめん」



「ううん、大丈夫だよ。用事は、もういいの?」



ちゃんと笑えているだろうか。



「うん、大した用じゃない」



私の「そっか」の言葉以降、教室に沈黙が流れる。



彼女という立場は、何処まで踏み込んでいいのだろうか。



踏み込み過ぎて、鬱陶しがられても嫌だし、でも気にならない訳でもなくて。



多分蓮君は、聞いたら答えてくれるだろうけど、その答えが聞かなければよかったと思うような事だとしたら、私はどうしたらいいんだろうか。



うだうだと悩む私の手を、蓮君の大きな手が包む。



「聞きたいって顔してる」



「え、あ……えっと……聞きたいような……聞きたくないような……」



「聞きたいなら全部答える。俺は、冴香が不安になるような事はしたくないし、するつもりないよ」



それは理解してるつもりだ。



「じゃぁ、何があったか、聞いても……いい?」



笑顔を返してくれた蓮君に、私も笑顔を返す。



帰ろうと教室を出た蓮君に、一年生の女の子が数人声を掛けて、囲まれて質問攻めに合い、離してもらえなかったという。



「告白だって、付き合ってる子がいるからってちゃんと断ったし、連絡先も聞かれたけど教えてない」



「うん、分かった。教えてくれて、ありがとう」



私に正直に、誠実でいようとしてくれる蓮君に、返せる事がどれだけあるだろうか。



返せる事があるなら、何でもしたい。



私は繋がれた蓮君の手を引いて、近くにあった椅子を引いて、そこに腰掛けてもらった。



開かれた蓮君の脚の間に立ったまま、体を滑り込ませて、向き合うように立つ。



心臓はもう飛び出そうなくらい、激しく高鳴っていた。



「目……閉じて、下さい……」



「うん」



今、私はどんな顔をしているだろう。



やり方なんて分からないけど、ゆっくり顔を近づけて、自らの唇を蓮君の唇に押し当てた。



恥ずかしくて、訳が分からなくて、パニックだ。



少し触れて離れた瞬間、ビクリと体ごと跳ねる。



蓮君のまっすぐな視線に、金縛りにあったみたいに体が硬直する。



熱のあるその視線に、動けなくて、顔が、体が、熱い。



「そんな誘うみたいな顔、反則だよ……」



「誘うって……どんな、かっ……ぉ……っ……」



頬を包み、撫で、髪と耳の間に手が滑り込み、引き寄せられる。



優しく唇が塞がれては離れ、何度かそれが繰り返された後、艶のある低い声が耳を痺れさせる。



「もっと、いい?」



私がゆっくり頷くと、額、瞼、頬、そして唇にキスが降り、その後に蓮君の唇とは違う感触がして、また体が固くなる。



「口、少し開けて……」



言われるがまま、少し唇を開くと、ぬるりと温かい何かが入り込んで来る。



それが蓮君の舌だとすぐに気づき、つい体を引いてしまうけど、添えられているのとは逆の手が腰に回っていて、逃げる事を許してはくれない。



「ダメ……逃がさない……」



「蓮くっ……っ、んっ……」



何もかもが初めてで、頭が熱でボーッとして、息の仕方も分からず、蓮君の肩辺りの服を掴む。



「はぁ……ヤバ……夢中になる……」



「蓮君っ、はっ、はぁっ……まっ……て……」



「大丈夫? ごめん、冴香が甘くて可愛いから、つい……」



優しい笑みと、何処か艶のある表情で、崩れそうな私の体を支えてくれる。



息を整える間、蓮君の片膝に座らされる。

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