第30話

席に戻ると、莉央奈に赤い顔を心配されたけど、私は鳴り止まず早鐘を打つ鼓動と、動揺を悟られないように何とか返答し、視線をグラウンドに向けた。



リレーが始まる。



次々と選手にバトンが渡され、見ているとアンカーのタスキを掛けた蓮君が視界に入って来る。



一位を獲って欲しいような欲しくないような、複雑な気持ちで見守る。



ついに、蓮君の番が来た。



蓮君が運動が出来る側の人間なのは、桂川君達から聞いて知っているけど、普段どちらかと言えば無気力な彼が、運動に限らず何かに打ち込む姿を見るのは、初めてな気がした。



自分の心臓の音が凄く大きく聞こえる。



無意識に両手に力が入る。



蓮君の手にバトンが渡され、蓮君が地を蹴った。



想像してたより、何倍も早いスピードで蓮君が目の前を通り過ぎる。



これは、覚悟を決めるしかないかもしれない。



妙にスッと心が軽くなった気がした。



今、私の鼓動が早く音を奏でるのは、キスがどうとかではなく、ただ、風のように走る蓮君が格好よくて、彼に夢中になっているせいだ。



つくづく、彼には敵わないなと思う。



「さっすがレンレンっ! てか、足速過ぎー。ブッチギリじゃん」



莉央奈の言葉に返事を返しながら、少し感動のような感情を覚えて、拳を握った。



無事体育祭は終了し、放課後。



いい具合に疲れた体で、教室を出る。



「あれー? 頼一人? レンレンはー?」



「いやぁー、まー、ちょーっと用事が、ね。すぐ済むと思うけど、待たせるの悪いから、先帰ってていいってさ」



教室を出ると、いつも二人で待っててくれているのが、今日は桂川君一人だった。



先生にでも呼ばれているのだろうか。



「あー、なるほど。桂川のその誤魔化し方は、女だな」



「今日のレンレン格好よかったしねー。そりゃ女寄ってくるわけだねー」



「ちょ、ちょちょちょっ、ちょっと君達ね、分かってても、彼女の前でそういう事をハッキリ言わなくてもいいんじゃないっ!? 空気読みなさいよっ! 冴香ちゃん、違うんだよっ! 決して蓮は浮気してるとかそんなんじゃなくてねっ……」



「何か、まるで頼が彼女に言い訳してるみたいに見えるんだけどー」



「もう莉央奈ちゃんは黙ってなさいっ!」



桂川君が必死になる姿に、莉央奈と唯と共に笑う。



蓮君がモテるのは今更だし、複雑ではあるけど、私がどうにか出来る問題でもないから、気を使ってくれる桂川君には申し訳ないし、感謝もしている。



私が待っている事を三人には伝え、先に帰ってもらう事にした。



蓮君のスマホに待っているとメッセージを送り、教室へ戻る。



今彼は、たくさんの女の子に囲まれているのだろうか。



そして、どんな顔で、どんな風に応えているのだろうか。



仕方ないと思う反面、少しモヤっとした。



浮気を疑うなんて事はないけど、心変わりは誰しもがある事だとは思っていて。



けど、そんな悲しい事を考えると、胸がザワついてしまう。



気持ちが沈んで来た私の耳に、廊下を走る音が届く。



閉まっているガラス窓に、蓮君の走る姿が見え、先程のドキドキが戻って来る。



心臓がうるさく高鳴る。

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