第22話

すっかり大人しくなった蓮君に、陸と莉音ちゃんの頭を撫でていた蒼さんが、ゆっくり歩み寄った。



「お前も災難だけど、そのままにしちゃダメだ。特にあーいう子は、な」



少し含みがある言い方だとは思ったけど、蓮君の頭に軽く手を置いた蒼さんが普段通りに戻ったから、私は蓮君を見た。



ゆっくり私に近寄る蓮君は、何処か不安そうで、私の手を恐る恐る握る。



「ごめん……」



「そんな顔しないで、私は平気だから。それより、蓮君は平気?」



「平気じゃない……疲れた……」



何か言いたげに私の方に軽く頭を近づけるみたいに腰を曲げる蓮君の、髪を優しく撫でた。



「冴香に頭撫でられるの好きだけど、今はギューがいいな。ダメ?」



蓮君は、凄く甘え上手だ。



私は周りに誰もいない事を確認すると、恥ずかしいけれど、思い切って蓮君の胴に抱きついた。



背中に手が回され、私より大きな体に包まれる。



蓮君の柔らかい香りが鼻をくすぐって、幸せな気持ちになる。



「はぁ……離れ難い……」



「ふふふ、私もだけど、そろそろ行かないと……」



「莉音ちゃん、二人ギューしてるよ、仲良しだね」



「陸、しーっ! あんまり大きな声出したら、二人に聞こえちゃうでしょっ」



「こらこら、二人共。お子様にはまだ早いから、見ちゃダメだぞー」



「蒼にぃが一番食いついてるじゃない……」



最早、ヒソヒソ声でも何でもない声が背後からして、急いで蓮君から離れようと体を押すけど、蓮君の力は強くて。



「れ、れれ、蓮君っ、み、見られてるからっ、離してっ……」



「ヤダ」



一瞬で却下される。



「はい、冴香ちゃんと付き合えてはしゃぐ気持ちも分かるけど、冴香ちゃんが困ってるからそこまで」



「邪魔したくせによく言うよ」



「失礼な。これでも可愛い弟の恋が実って、お兄ちゃんは嬉しいんだよ?」



楽しそうに言う蒼さんと、納得いかない顔の蓮君の後に続くように、蓮君の家に足を踏み入れた。



蒼さんが入れてくれた紅茶を一口喉に流し込み、ソファーに座って一息吐く私の隣で、陸が私を見上げる。



「お姉ちゃんは、蓮兄ちゃんと結婚する?」



「へっ!?」



キラキラと目を輝かせて、陸がした突然の衝撃質問に、変な声が出た。



「好き同士は結婚するんだよっ! 僕は莉音ちゃんと結婚するから、みんな家族だねっ!」



返事に困っていると。



「大家族か……それは賑やかで楽しそうだな」



笑顔で陸の頭を撫でる蓮君が言って、陸は満足そうだ。



無邪気なキラキラ笑顔で言われると、否定が出来なくて笑うしかない。



「いつでもお嫁に来ていいよ」



「れ、蓮君までっ……」



悪戯っ子みたいに、片方の口角を上げて笑う蓮君の肩を軽く押すと、蓮君が目を細めて笑った。



どんどん表情豊かになってくる蓮君に、私は日々惑わされている気がする。



この先どうなるかなんて分からないけど、少しだけ考えて、顔が熱くなるのを感じた。



幸せな気分の中、少しだけモヤっとするのは、やっぱり美亜さんの事が気がかりだからだろう。



「気になるよねー、分かるわー。元カノの存在って、ほんっと邪魔。殺意すら湧くわよねぇ……」



ソファーに座る私の隣から、突然聞いた事のない声がして、反射的にそちらを向いた。



「こんな可愛い彼女を不安にさせるなんて、体だけ無駄にデカくなっても、所詮は蓮もまだまだ甘っちょろいガキって事か」



「瞬間移動でも使えんの? 突然現れて、人をディスんのやめてくんない?」



着替えを済ませた蓮君が、私の隣に座って私の頭を撫でる、綺麗な女性に声を掛けた。



長く伸ばした色素の薄い髪には、柔らかなウェーブが掛かっていて、意志の強そうな顔立ちに施されている化粧は似合いすぎていて、色気のある大人の女性だ。



絶句してしまうくらい、物凄く綺麗な人。



「ママっ!」



「あらー、私の可愛い莉音ーっ!」



駆け寄る莉音ちゃんを抱き上げ、ギュッと抱きしめながら頬擦りをする。

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