第五章

第21話

蓮君と付き合う事になったのはいいのだけれど、噂が回るのは早いもので、私は一気に有名人と化してしまった。



桂川君曰く。



「噂なんて、放っておけばそのうち消えるから、気にしちゃ駄目だよ」



だそうだ。



そうは言ったものの、好奇の目に晒され、時には殺気に似たようなものまでもを感じる様になって、最近は毎日が落ち着かない。



多少は予想していた事とはいえ、やっぱりモテる人の彼女になるのは、思った以上に大変だ。



「私……そのうち吊るし上られたりするんじゃないかな……」



「冴香の発想ヤバーっ! んなわけないじゃん」



「気にし過ぎ。周りは気にしない。反応するから面白がるんだよ」



「そうだよ。人の興味なんて最初だけだからさ。冴香ちゃんは、堂々としてればいいの」



昼休み。屋上でお弁当を広げる。



噂などさほど興味がないであろう蓮君は、私の隣でまるで自分は何も関係ありませんみたいな顔をして、蒼さんの作った豪華なお弁当を黙々と食べている。



口に目いっぱい頬張って、まるでハムスターみたいになっていて、一心不乱に食べる姿は可愛い。



こういうメンタルの強さが、心底羨ましい。



落ち込んだり、心配しても仕方ないし、何より蓮君の隣に堂々と立てるように、出来る限り努力しようと決めた。



そんな矢先。



蓮君と陸達を迎えに行った帰り道、蓮君のお家にお誘いしてもらい、陸と莉音ちゃんのお願いもあって、蓮君のお家へ向かっていた。



そして、家が見え始めた頃、見覚えのある姿が。



「……は? 何でいんの?」



「あ、やっと来たー。蓮遅ーい」



美亜さんだ。



莉音ちゃんが陸の手を引いたまま、私と蓮君の後ろに隠れるように移動した。



美亜さんは、まるで蓮君以外は見えていないかのような態度で、蓮君の腕に絡みついた。



「蓮君、あの、今日は帰るね。莉音ちゃん、またね。陸、行こっか」



「えぇ……莉音ちゃんと遊べないの?」



「ほら、お客様だから、ね?」



陸は莉音ちゃんを見た後、美亜さんをチラリと見て、蓮君を見る。



悲しそうな顔に、胸が痛くなる。



「陸と冴ちゃんが先だったんだから、帰っちゃ駄目。陸、行こ。ほら、冴ちゃんも」



莉音ちゃんが意思の強い目を、更に濃い色に染めて、陸と私の手を取って引く。



「美亜、離して。何でいるのかは知らないけど、俺彼女いるから、あんまベタベタしないで。誤解されたくないし、何より、迷惑」



「蓮……」



莉音ちゃんに引っ張られながら、蓮君をチラリと見る。



寂しそうにした美亜さんを振り返りもせず、蓮君は歩き出す。



「蓮、待って。私、まだ蓮が好きなのっ!」



蓮君だけじゃなく、莉音ちゃんの足まで止まるから、自然と私と陸も止まる。



ただ、私達は蓮君達より少し先にいるから、玄関に続く門の陰にいる。



まるで尾行しているみたいに、陰から様子を窺う莉音ちゃんと陸の後ろで、私はどうしたものかと思いながら、莉音ちゃんに小声で声を掛けた。



「莉音ちゃん……覗き見はあまりおすすめ出来ないかなぁ……。ほら、先に中入った方が……」



私の言葉に、こちらを向かずに声だけが返って来る。



「冴ちゃんも気になるでしょ? 私はあの人好きじゃない……絶対いい人じゃない」



「り、莉音ちゃん……。で、でもほら、話してみたらいい人かもしれないし。まだ話もした事ないのに、あまりそんな事言っちゃ……」



「だって、まるでお兄ちゃんしかいないみたいにしたから……そんな人が、いい人なわけないもん」



莉音ちゃんは本当に敏感で鋭い。やっぱり大人だ。



私も気にならないわけじゃなかったけど、盗み聞きするのも気が引けてしまって。



「それに、私はお兄ちゃんの彼女は冴ちゃんがいい。冴ちゃん大好きだもん」



嬉しい言葉を聞いて、泣いてしまいそうになる。



「俺達付き合ってたけど、正直、俺は美亜を好きだったかどうかすら分からない。それに、今の彼女が大切だし、俺の中に彼女以外が入る隙間は全くないから。悪いけど、美亜の気持ちには答えられない」



悲しそうな顔をした美亜さんを見ず、蓮君は歩き始める。



けど、美亜さんは諦める事はなく、後ろから蓮君の胴回りに抱きついた。



「美亜、いい加減に……」



「いやっ! 私、蓮を諦めたくないのっ……お願いよ、蓮っ!」



必死な美亜さんに、蓮君の冷ややかな目が変わらずに注がれる。



いつか、あの目が自分にも向けられるのだろうかと、怖くなる。



「好きな人が出来たって、自分から離れてったのに、随分都合がいいんだな」



「それは……凄く後悔してるの。違う人と付き合っても、やっぱり蓮を思い出しちゃうの」



「俺が、面倒な事、余計な事言わないからでしょ? 扱いやすいだけだろ。勝手過ぎ。突然現れて、変なワガママ言わないでくれる?」



「蓮っ! 待ってっ……」



「離せって」



冷静だけど明らかに苛立っている様子の蓮君の腕に、必死で縋り付く美亜さんの険悪な雰囲気に、どうしようと困っていると、少しだけ大きく響く声がした。



「こらっ、何騒いでんの? 近所迷惑だろ」



これは、蒼さんの声だ。



諭すように厳しい声が、場を引締めた。



「しかもこんな小さい子のいる前で言い争いとか、まったく二人共、何考えてんの」



言葉にそこまでキツさはないのに、妙な威圧感というか、強さを感じた。



「とにかく迷惑だし、今は蓮も困ってるからとりあえず、美亜ちゃんもまた今度にしてもらえるかな? 蓮にはちゃんと話をするよう俺から言っておくから」



「……分かり、ました……」



「兄貴、俺は話す事なんて……」



「蓮」



蒼さんの厳しい声音に、蓮君は黙ってしまう。



美亜さんは、私達の方を一瞥した後、去って行った。



「さて、陸君も莉音も怖かっただろ。ごめんね。それに、冴香ちゃんも、うちの不甲斐ない弟が迷惑かけたね」



「い、いえ、私は大丈夫です……」



それより、蓮君が気になった。

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