第20話
朝の校舎裏は凄く静かで、遠くから校舎にいる生徒の声が微かに聞こえる。
「昨日のあの人、美亜って言うんだけど。彼女は昔、近所に住んでた年上の幼なじみで、俺が付き合った初めての彼女」
体がヒヤリとする。
だけど、不思議と不安や焦りはない。
「彼女って言っても、別に好きとかじゃなかったよ。だから、初恋はちゃんと冴香だから、そこだけは誤解しないで」
念を押すみたいに言われ、少し複雑だけど頷いた。
「俺もまだ中学入りたてくらいだったから、年上のお姉さんってのに興味はあって。一応俺も健康な男の子だから、そういうのに関心なかったわけじゃないし。バカみたいにホイホイ誘いに乗ってさ。でも、終わってみると、案外大した事なくて、向こうも本気ってわけじゃなかったみたいだし、何度かそういう事はあったけど、長くは続かなかった。向こうに好きな人が出来てすぐに別れた。付き合ってたのかすら怪しいよ」
まるで他人事みたいに話をする蓮君。
私はただ黙って話を聞く。
「その後、告白されて何人かと付き合ったけど、思ってたのと違うとか、本当に好きなのかとか、異常な束縛とか執着する子も出て来て、そういうの色々続けてたら、あー、女の子って面倒だなって思い始めて。体だけでいいからって言われて、それだけの関係の子とかもいたけど、やっぱり女の子って最終的には自分にだけの一途な愛情を求めてくるから、俺には無理だなってなって、全員切って、そういうのすらなくなった。で、今に至る」
こちらを向いて少し不安そうに微笑む蓮君に、素朴な疑問が浮かんで、私はそれを口にした。
「だったら、尚更何で私を? だって、私は体だけなんて言えないし、恋愛するなら自分だけを愛して欲しいって思うような、蓮君が今まで相手にしてきた子達と同じ、面倒な女なのに……」
蓮君の手が、私の手を取った。
「最初に言ったかもだけど。俺あの時さ、廊下を歩いてて、フワって何かの匂いみたいなのに惹かれて、それがどうしても気になって、確かめずにはいられなくなってそっちへ歩いて行ったんだ。そしたら、そこで冴香とぶつかって、掴んで、触れて。そしたら“あ、この子だ。この子は、絶対離しちゃ駄目だ”って思ったんだ。昔から、俺の直感? みたいなのとか、勘は外れた事ないから」
そう言って笑った蓮君の笑顔が、瞳が、どこまでも綺麗で、吸い込まれてしまいそうになる。
「でも、それだけじゃなくて。一緒に過ごしていくうちに、ふとした時に出る上品な仕草とか、しっかりお礼が言えたり、面倒見がいいとこ、ちゃんと目を見て話すとこ、友達と話す時の可愛い笑顔とか、照れて真っ赤になる顔とか。あぁ、たまに出る敬語とかもたまんない。でも、やっぱり一番好きなのは、俺の名前を呼ぶ時の優しい声かな」
言うだけ言って、私を恥ずかしがらせた挙句、また不安に揺れた。
「その……やっぱり、こんな不誠実な男、嫌いになる?」
垂れた耳と尻尾が見えるようで、可愛いと思ってしまった。
全てを持っている彼が、ただ私に嫌われるかもしれないというだけで、こんなにも自信なさげな顔をするのだから、不思議だ。
私の手を握る蓮君の手の上から、もう片方の手を添えた。
「不誠実なのはもちろんよくないし、出来れば誠実でいて欲しいです」
「もちろんっ!」
「でもね、もし、万が一、私の他に好きな人が出来たり、私の事が嫌になったりしたら、ちゃんと言って欲しい」
「それはありえない。冴香が俺を嫌いになっても、俺がなるなんて、絶対ないよ」
絶対なんて、ないのに。蓮君が言うと、本当に“絶対”が存在するような気がしてくるから不思議。
「私、蓮君が好きだよ」
「へ?」
「好き。蓮君、大好き」
目の前の綺麗な顔が、固まる。目は見開かれ、口はポカンと開かれたままだ。
そして次には、耳まで真っ赤になる。
「れ、蓮君? だ、大丈夫?」
突然額に両手を当てて、自らの立てた膝に顔を埋める。
「ちょっと……今、幸せを噛み締めてます」
大胆な事を言ったり、したりするのに、こうして突然照れたりするのが、可愛くて愛おしくなる。
体を縮めて、膝に突っ伏す蓮君の髪をそっと撫でる。
フワフワとした、柔らかくて綺麗な髪に指を絡める。
膝に頭を乗せたまま、顔だけこちらを向けた蓮君と目が合う。
頭を撫でながら、微笑むと蓮君が盛大なため息を吐いた。
「……はぁー……君は何でそんなに可愛いの……。もう君に夢中です……」
そう言って微笑んだ蓮君の顔は、まだ少し赤い気がしたのは、気のせいじゃなかっただろう。
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