第17話
昼休みが終わり、ポカポカ陽気に眠気がみんなを襲う頃。
担任の気まぐれで行われる席替えをしている私の耳に、グラウンドで体育の授業をしている生徒の声が届いた。
「窓際だー、やったー」
「今回はみんな近くだね」
「うん、嬉しい」
窓際という、みんなが羨む席を当てた私と、目が悪い子と交換する権利をジャンケンで勝ち取った莉央奈、そして一つ隣に唯という、ありがたい席順になり、ふとグラウンドに目を向ける。
目立つ二人を見つける。
「おっ、レンレンと頼だ」
「体育か。相変わらず女子に囲まれてヘラヘラしてる桂川はいいとして、眠そうだね、彼」
女子と楽しそうに話す桂川君と、興味無さそうに欠伸をする蓮君。
大きな口を遠慮なく開いている蓮君の無防備な姿に、自然と笑みが零れた。
やっぱり朝早くから私を待っていたから、眠いんだろうか。
何だか申し訳なくなってくる。
ふと、蓮君が何かに気づいたような仕草をする。
そして、こちらに走って来る。
今は、授業中だ。
でも、マイペースな彼には、そんな事関係ないのだろう。
「席、替わったの?」
「う、うん、席替え。蓮君、戻らないと怒られるよ?」
それ程高い階数でないとはいえ、大声を出すわけにはいかず、なるべく小さな声で、でも蓮君に聞こえるように言うと、柔らかい笑みでこちらを見上げる。
「平気。俺には冴香が最優先」
また蓮君は、甘い言葉で私を誘惑する。
「私が平気じゃないよっ……」
「冴香が困るなら戻る。また後でね」
軽く手を振って、蓮君の背中を見送る。
「いーねー、青春。でも、ちょーっとだけでいいから、先生の話も聞いてくれるとありがたいかなぁー」
いつの間にか、先生が隣に立っていて、固まってしまう。
謝って、席に座り直した。
「ほんと、レンレンは冴香しか見えてないよね」
「よくまぁ、今まで出会わなかったね」
二人の言葉に苦笑しながら、チラリと横目でグラウンドを見る。
たまにこちらを見る蓮君と、しっかり目が合っている訳じゃないのに、ドキリとしてしまう。
桂川君よりは少ないけど、蓮君も少数の女の子に囲まれていて、少し複雑な気持ちになる。
相変わらず無表情だけど、特に邪険にするわけでもなく話をする蓮君と、嬉しそうな女の子達。
蓮君がモテるのは有名だから知ってる。それに比べて、私は何の特徴もない、地味なその他大勢の一人で。
それが分かっているから、臆病な私は、彼との距離を縮められなくて、踏み込めずにいる。
いい加減、蓮君を自由にしてあげなきゃ。
私が彼の時間を奪っていいわけがない。
色々考えているうちに、先生には申し訳ないけど、ほとんど集中出来ないまま、授業が終了する。
「冴香、何か寂しそうだね」
「え? そ、そうかな?」
「どうせまた一人でマイナスな事ばーっか考えてたんでしょー」
言われ、自分がそんな顔をしていたんだと知った。
「私が蓮君の告白を断ったら、もうみんなで遊んだり、出掛けたり出来なくなっちゃうんだって思ったら、寂しくなるなって……陸も悲しむだろうなとか……色々と」
二人が固まる。首を傾げる私の両肩を、莉央奈がガシリと掴んだ。
「ちょっと待った。まさか、あんたレンレンの告白断る気なのっ!?」
「莉央奈、あんた声デカい」
「「えぇぇーっ!?」」
明らかに二人の声じゃない声がする。そして、座る私は、そのまま数人の女子に囲まれた。
「七彩さん、那茅場君と付き合わないのっ!?」
「というか、そもそも付き合ってなかったのっ!?」
「何てもったいないっ!」
一気に言われて、オロオロしている私に、一人のクラスメイトが莉央奈の様に、両肩に手を置いた。
「正直私は、桂川君と那茅場君が付き合えばとか思った時期もなかったわけじゃないのよ?」
「分かる」
隣のクラスメイトが頷く。
「でもね、桂川君は女の子大好き人間だからありえないし。そうなると、那茅場君の隣にいて似合う女の子って考えたら、七彩さんは案外お似合いだと思うんだ 」
凄く力の籠った言葉に圧倒され、私が何も言えずにいると、他の女子から「そうだよ自信持って」とか「頑張って」とか、応援されてしまった。
「お似合いとかバッカじゃないの?」
「そーそ、ちょっと蓮に気に入られたからって、いい気になり過ぎでしょ」
「身の程知らずって、あーいうのを言うんじゃね?」
少し離れた場所から、入口付近のクラスメイトと、その友人らしき他クラスの女子が、こちらに声だけを投げて笑う。
蓮君ファンなのだろうか。
私は、どうしたらいいか分からず、俯いてしまう。
「冴香、那茅場はあんたがいいって言ってんだから、胸張って顔上げな。断ろうが受け入れようが、周りがどうとかじゃなく、自分の気持ちに向き合わなきゃ駄目だよ。それこそあんたを選んだ那茅場に失礼」
「そーそー、あんな外野の言葉なんて聞かなくていいんだってー。あれは選んで貰えなかった奴等の、ただの僻みなんだからさー、無視無視っ!」
飛び交った色んな言葉、そして唯と莉央奈の最後の言葉で、何だか心が軽くなった気がした。
蓮君は有名人だから、好きな子、憧れる子なんかはたくさんいて、普通なら私なんて視界になんて入らないはずで。
だけど、私達は出会って、蓮君が私を見つけて、選んでくれたから、少しだけ進んで見てもいいのかもしれない。
私の周りには、こうやって見守って、背中を押してくれる人達もいるから。
臆病な私も、少しくらいは頑張れる気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます