第四章

第16話

陸を幼稚園に送り届けた後、学校へ向かう私のカバンで、可愛いイルカが泳ぐみたいに揺れた。



学校に着くにはまだ少し距離があるのに、私の目に飛び込んでした、目立つ男の子の姿。



気だるげで、眠そうな彼はスマホを弄りながら、電柱に寄り掛かっている。



その何とも言えないオーラを放つ男の子は、スマホから目を離し、ふとこちらを見た。



目を細めて、何処か嬉しそうな、優しくて温かい笑顔で微笑む。



心臓が高鳴って、顔に熱が集まって、何だかムズムズする。



近づく私より、少し早いスピードでこちらへやって来る。



「おはよう、冴香」



「お、おはよう。どうしたの? こんな所で。一人?」



「うん。一緒に行こうと思って、冴香を待ってた」



私がキョロキョロしていると、蓮君が言う。



「二人なら先に行ったよ。兄貴の飯で手を打った」



そんな取引をいつの間に。



いつも眠そうにしていて、登校するのだって遅刻ギリギリが多いって聞いていたから、余裕を持って家を出る私より更に早い二人と交渉したという事は、かなり早い時間にここにいた事になる。



大丈夫なのだろうか。



そんな私の心配を他所に、蓮君は相変わらず微笑んでいる。



「てことは、待たせちゃったよね? ご、ごめんねっ!」



「ううん。不思議な事に、人を待つのがこんなに楽しいなんて、初めて知った。俺、基本的に待て出来ないし、した事ないから」



笑って蓮君が続ける。



「冴香といると、初めてがいっぱいで楽しい」



まっすぐで素直で、全ての感情をさらけ出して、真正面からぶつかって来る。



そんな彼を、私はずっと中途半端なハッキリしない気持ちのまま、放置しているんだ。



こんなの、間違ってる。



だけど、だからこそ、中途半端じゃ駄目なんだ。



彼相手には、特に。



ちゃんと、しなきゃ。



「蓮君」



「ん?」



「ありがとう」



不思議そうに「何が?」と聞いた蓮君に、私は今出来るありったけの笑顔を返した。



二人で並んで登校する。



「そういえば、それ、付けてくれてるんだ」



「え? あ、うん。可愛いし、蓮君がせっかくプレゼントしてくれた、から……」



カバンで揺れるイルカを軽く指で撫で、蓮君は嬉しそうに微笑んで「そっか」と言った。



学校に到着し、校内へ。



多少は刺さる視線が痛いけど、気持ちは温かくて、ちょっとだけくすぐったい。



クラスが見えて来た。



そして、ついにクラスに到着してしまった。



蓮君とは別のクラスだから、ここでお別れ。



少し、名残惜しく思えてしまい、蓮君を見上げる。



「っ……それ、無意識?」



「え?」



「そんな顔されて、こんな可愛い事されたら、離れらんないじゃん……」



私は、今どんな顔をしていたんだろう。



それに、可愛い事って何だろう。



「はぁ……今俺、自分の欲と戦うので必死です」



額に手を当てて、苦しむみたいな蓮君を見上げながら、私は全く意味が分からずいると、蓮君とは違う声がする。



「冴香でもこんな甘え方するんだー、新しい発見ー」



「いやぁ、いいねぇー。でも、好きな子にこんな事されて、押し倒さない蓮を尊敬しちゃうな、俺。絶対俺なら抱き潰すわ」



「相変わらず下品だね。ほら、冴香、服掴んでたら彼教室行けないよ?」



言われて初めて気づいた。



いつの間に、私は蓮君の服の裾を掴んでいたんだろうか。



全く記憶にない。



どうしよう。恥ずかし過ぎて、消えたい。



急いで手を離して、全力で謝る。



「謝らなくていいよ。俺、また初めてを経験した」



「おー、蓮がどんどん大人になっていく」



「初めてレンレンから、人間らしい顔が見れたね」



「それな」



何気に失礼な事を言う友人すら見れず、私はただ俯いてカバンを抱きしめた。



「カバンじゃなくて、俺を抱きしめてくれていいんだよ?」



「っ!? し、し、しませんっ!」



恥ずかしくて仕方ないけど、少し自分の気持ちが見えた気がした。



私は、明らかに蓮君に惹かれ始めているのだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る