第5話

恥ずかしくて、顔が熱くなって、どうしたらいいのか分からなくて、あたふたしていると。



「はい、あーん」



「へ……むぐっ……」



口に甘い味が広がる。



「デザート。美味しい?」



チョコレートを口に入れられたのが分かった。



頷くと、満足そうに蓮君が微笑んだ、気がした。



「いつか、絶対そのチョコレートごと、君を食べちゃうから、覚悟しててね」



ちょっと意地悪な顔で笑って、自分の指をペロリと舐めて、蓮君は起き上がる。



その仕草は、ちょっとエッチだった。



「さて、昼休みも終わるし、そろそろ行こうか」



大きく伸びをして、私に手を差し伸べる。



その大きな手をとって、私は立ち上がった。






放課後。



「弟君のお迎えって今日だっけ?」



「うん。今日はお母さんもお父さんも仕事遅い日だから」



唯と莉央奈と別れ、弟を幼稚園に迎えに行く。



学校から近い場所に幼稚園はあるので、足早にそちらへ足を向けた。



「お姉ちゃんっ!」



「陸。今日もいい子だった?」



「うんっ! 今日はね、いっぱいお絵描きしたんだっ! みんなの似顔絵書いたっ!」



嬉しそうに書いた絵の束を見せる弟、陸。



母に似たのか、中性的な顔立ちでたまに女の子に間違われるくらい可愛くて、素直でまっすぐな性格で、私の癒しだ。



「あれ? 冴香?」



背後から聞こえた聞き覚えのある声に、振り向くと蓮君がいた。



「もしかして、弟?」



「え、あ、うん。陸、ご挨拶は?」



「こんにちわっ! 七彩陸ですっ!」



「こんにちは。お姉ちゃんの彼氏になる予定の、那茅場蓮です。よろしくね」



陸は蓮君の言葉に小首を傾げてキョトンとしていた。



「ちょ、蓮君っ!」



「なちば?」



名前が気になったようで、陸は何か考えていて、すぐに何かに気づいた。



莉音りおんちゃんだっ!」



「私が何? お兄ちゃん遅い」



腰に手を当て、無表情で立つ女の子。



陸と同じ、チューリップ組の名札を付けている。



艶やかな黒髪をポニーテールにして、大きくてクリクリした意志の強そうな黒目に、整った顔の美少女だ。



一目でしっかりしているのがよくわかる。



莉音という名前も、陸の話にしょっちゅう出てくる。



「まったくお兄ちゃんはマイペースなんだから。たまにしか迎えに来ないんだから、もっとちゃんとしてよね」



「はいはい、すいませんね」



小さな子に怒られている。どちらが上なのか分からない。



ため息を吐いていた莉音ちゃんが、私をその大きな目に捉える。



近づいてくる。



「那茅場莉音です。兄がお世話になってます」



小さな体で丁寧にお辞儀をして見せた莉音ちゃんに、私も自己紹介をして頭を下げる。



「兄と付き合ってるんですか?」



「へっ!?」



「只今絶賛口説き中」



唐突な質問の横から、蓮君が口を挟む。



「ち、違うよっ! 友達ですっ!」



何気に仲良さそうだし、私のお兄ちゃんをとか言って怒られそうだ。



「残念……。やっとまともな彼女を連れてきたと思って期待したのに、何だ、まだ彼女じゃないのね。兄はちょっと色々アレですが、よろしくお願いします」



大人だ。多分、私より大人なやつだこれは。



「莉音ちゃんはね、すごいんだよっ! お歌も上手だし、お絵描きも上手だし、なんでも出来るんだよー」



まるで自分の事の様に話す陸は、莉音ちゃんの隣に並ぶ。



「僕ね、大きくなったら、莉音ちゃんのお婿さんになるって約束したんだーっ!」



「おー、莉音、もうお婿さん候補がいるのか、やるな……」



関心したように言う蓮君と、当たり前とでも言うような顔をして頷く莉音ちゃんと、嬉しそうにニコニコしている陸。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る