第2話

頭を撫でる事をやめず、彼は濁りのない目で私を見つめる。



「君、名前は? 教えて、名前」



唐突に言われてあたふたしていると、後ろにいた彼が呆れたようにため息を吐いている。



「彼女困ってるだろ。ごめんね、こいつ気になった事があると、ハッキリするまで追求しないと気が済まないタチだから……」



という事は、名前を言わないといつまでも解放してもらえないという事なのだろうか。



なら、別に名前くらい、いいかな。



「七彩……冴香、です……」



「……冴香……」



小さく名前を呟いた彼に、ドキリとする。



両親と友達以外に名前を呼ばれた事、ましてや異性に呼ばれたのは初めてで、戸惑ってしまう。



「おい、こら。彼女に名乗らせといて、お前が名乗らないでどうする」



「あ、そうか。那茅場蓮なちばれん、冴香なら、蓮て呼んでいいよ。ねぇ、呼んでみて」



まるで他の人は駄目だとでも言うのか、私は彼を名前で呼ぶ権利をもらってしまったらしい。



あまりに展開が早くて、頭がついて行かないのに、急かされると焦る。



そこに、天の助けのようにチャイムが鳴る。



後ろにいた友人、桂川頼かつらがわより君に首根っこを掴まれて引きずられながら、蓮君が「また来るから」と言った。



何だったんだろうか。



事が怒涛のように巡り、ついていけなかった。



「寝癖……直せなかった……」



撫でられた寝癖部分に触れ、また顔が熱くなった。



苦手とかではないけれど、異性に免疫がない私には、なかなかハードな出来事だった。



短いホームルームが終わり授業が始まっても、顔の熱はなかなか引いてはくれなくて、彼の顔が浮かんで、集中出来ない。



頭をすっきりさせる為に、頭を軽く振る。



その後も、半分くらいしか授業に身が入らなかったのは言うまでもない。



そして休み時間が来た。



彼も、来た。



彼が私のそばに来て名前を呼ぶと、教室がザワついた。



「那茅場君が、女子に自分から話しかけたよっ!」



「何でっ!? 名前までっ!」



「やだ、どういう関係なの?」



教室内だけでなく、廊下からも女子達の声がする。



無駄に注目を浴びて、消えてなくなりたくなる。



「冴香、俺と付き合って」



また何を言い出すんだろう。



さっき初めて話をしただけの私に、何故告白なんて。



意味が分からない。



けれど、彼の真っ直ぐな目を見ると、冗談で言っているようには到底見えない。



「はい、ストップッ! 蓮、困らせてどうすんの」



現れたのは桂川君に言われ、蓮君がそちらを見る。



「ごめんね、こいつすぐ暴走するから。蓮、ちゃんと動く前に冷静に考えろって言ってるだろ」



「暴走ってなんだよ。俺は冷静だ」



無表情なのに、何処か不機嫌そうな顔でそう言う。



あまり表情豊かとはいえないけど、その割に微妙だけれどよく表情が変わる人だなと思った。



「あんま、迷惑かけるなって言ってんの」



「そんなの頼に関係ないだろ」



呆れたように言う桂川君に、不機嫌な顔で反論する蓮君。



私はとりあえず止める事に集中する。



「あ、あの……蓮君、そんなに怒らなくても……」



「っ!?」



「へー、君、蓮の感情、分かるの?」



珍しいモノを見るかのように、二人からの視線が刺さる。



「確かに、私には何も分からないわ。無表情過ぎて」



「愛の力ってやつ?」



後ろから唯と莉央奈の声がする。



「来て」



手首を掴まれ、教室から連れ出される。



背後から呼び止める声がするけれど、蓮君に止まる様子はない。



引っ張られてるのに、痛みとかはなくて、優しく誘導される。



連れてこられたのは、王道の告白場所である体育館裏。

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