第30話

お見合い当日。



お見合いというから、てっきり両親も来るのかと思いきや、何故かジェードすらついて来る事はなく、一人で向こうの指定した部屋で、用意された紅茶を啜っていた。



キョロキョロと部屋を見渡していると、壁に沢山の難しい本が並んでいる。



仕事に使うものだろう。



しかし、多忙な方なのだろうか、ここへ来てかれこれ二十分は経とうとしていた。



別に待つ事に関しては、どうと言うことはないけれど、出来れば妙に緊張するこの空間から早く立ち去りたい。



「どんな、方なのかな……」



失敗したのは、相手の情報をちゃんと確認して来なかった事だ。



知っている事と言えば、父が言っていた、歳が離れている事、無口で真面目で硬派ないい男。そして、何やら貿易関係の仕事をしているらしいと言う事くらいだった。



うちの父は少々変わり者で、父にとって地位など関係ないらしい。父も母とは恋愛結婚だったから、本当は私にも好きな人と結婚して欲しいんだと言っていた。



なのに、何だこの状況は。



考えを巡らせていると、部屋の扉が開く。



そちらを見る前に、耳に声が届いた。



体がゾクリとする。



「お待たせしてしまって申し訳ない」



低く響く色気のある声。



近づいてくる度に、強くなるその男の人特有の香り。



そちらを振り返ると、優しい微笑みが視界に飛び込んで来て、胸が高鳴る。



こんなに体を熱くさせるのは、たった一人だけ。



「ただの見合い相手に、お前はそんないやらしい顔を見せるのか?」



艶やかな声音で囁かれ、体の奥か滾ってくる。



耳に口付けられ、身をよじる。



「どぅ、して……」



ずっと会っていなかったせいか、予想外の事に、嬉しさと困惑で訳が分からない。



「いつまでも没落貴族のままじゃ、お前を幸せには出来ないしな。俺に出来る精一杯の足掻きをしようとしてな。元々やりたかった事でもあったし。ずっと動いてはいたんだが、たまたまお前の父君と仕事をする事になって。黙っているつもりじゃなかったんだが、言う機会がなかなかなくてな」



私の座っていた場所に腰を下ろし、私の手を引いて膝に横向きに座らせる。



グラウス様の膝で、私は彼の話を聞いていた。



「ここ最近忙しかったのは、やっと仕事が軌道に乗り始めて、少し余裕が出てきた時に父君からお見合いの話を聞いてな。お前を何処の馬の骨か分からない奴に取られるのは我慢ならないから、志願したんだ」



言って、額に唇が当たる。



髪を撫でられ、ゆっくり顔が近づく。



軽く当たるだけの口付けの後、膝から下ろされて手を引かれてソファーから移動する。



片方の手を握ったまま、向かい合う形でグラウス様が突然跪いた。



鼓動の動きが早くなる。



「セレア……俺と、結婚してくれるか?」



鳥肌が立ち、体の熱が全身に回り、鼻の奥がツンとして、目が潤む。



言葉にする前に、涙が流れた。



嗚咽ばかりが出て、言葉にならない。



立ち上がったグラウス様が、大きな手で頬を包み込み、唇で涙を拭う。



「お前は、泣き顔まで綺麗だな……俺みたいな男には本当に勿体ない。が、まぁ、他の奴に渡す気はないけどな」



片方の口角を上げて笑う。



「それで、返事は? 姫様」



「分かってるくせに……。私の答えは一つです。グラウス様のお嫁さんにして下さい」



広い胸に強く抱きつくと、大きな腕で包まれる。



久しぶりの温もりに、また涙が溢れて零れた。

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