第五章
第23話
煌びやかな装飾に、鮮やかな花達が飾られ、豪華な料理が並ぶ大きな会場。
これでもかと着飾った紳士淑女達が談笑している中、私はカチカチになった体を解すように、何度も深呼吸を繰り返す。
会場に踏み入れる足が鉛の様に重い。
「はぁ……大丈夫……普通に、笑顔で……」
「セレア様、いらしてたのね」
「お招き頂いて感謝いたします。この間は、せっかく来て頂いたのに、申し訳ありません」
「いえ、大丈夫ですわ。その後、体調はいかがです?」
「ええ、お陰様で」
出来る限り平常心で、目の前で気合いの入ったドレスの可愛らしいレティアに、微笑んだ。
本当に私とは、いや、正しくはセレアとは正反対だ。
セレアはこの無害そうで飾らない、花のように愛らしい彼女が、気に入らなかったんだろう。
男は、こういう子がきっと、好きだろうから。
レティアが他の客の所へ行ったので、私は自然と会場の端の方に移動する。
パーティーが多く行われるとはいえ、そんなに得意ではない私は、人がひしめき合う場所が苦手だったりする。
少し風に当たろうと、バルコニーに近づいた時。
「まぁ、グラウス様、いらして下さったんですね」
「ええ、せっかくのお誘いをお断りするのも失礼ですのでね」
明らかに数段高くなったレティアの弾む声と、低く耳に慣れた声が届き、ドクリと心臓が跳ねる。
こちらにはまだ気づいていないであろうグラウス様を盗み見る。
レティアが自然にグラウス様の腕に手を這わせて、チラリとこちらを見た。
そして、小さく笑う。
この笑みは、何だか、嫌なものだった。
蔑み、嘲笑うかのような、馬鹿にしたような、勝ち誇った笑みに、背中が冷える。
ワザとだ。
私の気持ちを知っていて、ワザとやっているんだ。
このパーティーに私を呼んだのも、これを見せる為か。
やっぱり、本の内容は変わってしまった。
足が震えて、立っていられない。
壁に手をついて、乱れる呼吸を必死に戻そうとする。
相変わらずグラウス様に絡みつく彼女を見ていたくなくて、私は無理やり足を動かして、バルコニーへ逃げる。
自分の中の黒い感情が溢れ出す。
確かに、体を重ねて、優しい囁きに心踊り、私は浮かれていたけれど、よく考えたら、好きだと言われたわけでもない。
最初に近づいたのも、迫ったのも私だ。彼はずっと私を子供だと、女は面倒だとも言っていたじゃないか。
彼にとって、私は何でもなかったんだ。
レティアは可憐で愛らしくて、他にも私にはない魅力をたくさん持っている。
キャラクターだけでなく、本を読む誰もがきっと、彼女を好きになった。
私も、彼女に憧れた。
「勝ち目なんて……最初からなかったんだ……」
自傷気味に笑う私の耳に、声が掛る。
「おや、君も来ていたのか。ほー……今日はいつもと雰囲気が違って、凄く綺麗だ」
腰に手を回され、引き寄せられる。
アレアド様の、綺麗な顔が近づいた。
今の私にはもう、どうでもよかった。
「いつもの元気がないな。それもまた憂いがあって、凄く妖艶だ……」
更に近づき、あと少しで唇が重なる場所まで来た。
けれど、唇が重なる事はなかった。
「また君か。どこまでも私と彼女の邪魔をするのが好きと見えるな」
「申し訳ないが、彼女を渡す訳にはいかない」
いつの間にか、アレアド様から離れ、グラウス様の腕の中にいた。
私の好きな、彼の香りが体を熱くさせる。
諦めようとした私の気持ちは、いとも簡単に彼への熱を再発させた。
愚かで馬鹿な女だ。
あれだけ時間を掛けて拒んでいた私より、数倍早くレティアと打ち解け、笑いかけて簡単に触らせる。
私がどれだけ頑張って彼に近づいたと思ってるんだ。
なのに、彼はたまに私をまるで自分のものだとでもいうような行動に出る。
グラウス様のその態度とレティアに、悔しさと色んな気持ちが混ざって、腹が立って来た。
「離して下さい」
「セレア?」
「私、もう、帰ります」
グラウス様の体を押しのけ、引き止める二人の言葉を無視して、私は会場の中へ戻る。
私の前に、愛らしい笑顔の彼女が立ちはだかる。
もう、いい加減にして欲しい。
ウンザリしながら、レティアを見る。
「あら? セレア様、どうなさったの?」
わざとらしく、心配しているみたいな態度。
ほら、その嫌な笑みが隠せていない。
「申し訳ありませんが、今日はこれで失礼しますわ」
「え? もう? 怒ってらっしゃるの? まさか、私何か失礼な事をっ……」
彼女か女優なら、名女優だ。
大きな目に涙を浮かべ、周りに聞こえるように大袈裟に言ってみせる。
我慢、出来なかった。
「それは何の真似? そういう演技は私ではなく、殿方になさったら?」
「セレア、様?」
私が何も言わない事を予想していたのか、レティアは呆気に取られている。
「貴女、私を何の為にここへ呼んだの? ワザと? なら成功ね。おめでとう。こんな汚い手を使ってまでそんなに彼が欲しいなら、喜んでお譲りするわ。まぁ、私のではないけれど」
誰が何処で見ていようと、もうどうだっていい。
やられっぱなしで黙っていられるか。
「私に何の恨みがあるのか知らないけれど、人を虐めて楽しみたいのでしたら、他を当たって頂ける? 私は貴女程暇ではないので」
最後にご機嫌ようとだけ付け加え、丁寧にお辞儀をして見せて、近くにあるグラスの中身を一気に煽る。
喉が焼けるように熱いけれど、怒りの熱さに比べたら、どうと言うことはない。
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