第22話
私はパーティー用にドレスを選びながら、どうしようか頭を悩ませていた。
「あら、そんなに眉間に皺を寄せて、怖い顔をしていたら、素敵な殿方達が怖がって逃げてしまうわ」
「お母様っ!」
何だかんだと責務に忙しい両親は、ほとんど屋敷にはいないけれど、それでもその合間を縫って私の様子を見に来てくれる。
前の世界ではありえなかった愛情に、たまに泣きそうになる。
「私の可愛いセレア。しっかりお母様にそのお顔を見せて頂戴な」
母が近づくと、甘い花のような香りが鼻をくすぐった。
私はこの匂いが大好きだった。
母の人柄が滲み出る優しい香り。
二人きりでゆっくり話をする為、庭でお茶をする事に。
最近あった出来事や、両親が行った場所で起きた事なんかを話す。
「それで? セレア、あなた恋をしているんですって?」
「こっ!?」
「あら? 違った? 昔から可愛いのは変わらないけれど、何て言うか……綺麗になったわ」
優しい笑みでそう言って、母は机に両肘をついて私を見つめた。
「で? その幸せな殿方はどんな方なの?」
恋バナをするのが嬉しいのか、身を乗り出して聞いてくる。
その勢いに押されながらも、私はおずおずと口を開く。
「ぶっきらぼうで怖い印象だけど、中身はとにかく優しくて街の人にも好かれているし、少し意地悪な時もあるけど、たまに見せる照れた顔とか笑った顔が可愛くて、凄く……素敵な人」
彼の事を話し始めたらキリがなくて、思い浮かべるだけで顔が綻んでしまう。
「彼の事、大好きなのね」
私は優しく微笑む母の言葉に即答するように頷いた。
「そう。それほどまでに貴女を夢中にさせる方に、一度会って見たいわ。はぁ……恋っていいわねー」
恋愛結婚をする貴族はないわけではないけれど、なかなか珍しいらしく、両親も恋愛結婚だ。
父も厳格とは程遠い柔らかな人で、母も癒し系だ。二人が揃うといつも周りの空気が優しくなる。
「で? 相手のお気持ちは? まだ気持ちは伝えていないの? それだけ素敵な方なら、恋敵も多いんじゃなくて?」
質問攻めにあいながら、頭に浮かぶのはレティアだった。
気持ちがまた沈む。
「あらあら、そんなに落ち込まないで。明日のパーティーにはその方もいらっしゃるのでしょ? なら、目一杯おめかしして、その方の心をガッチリと掴むのよっ! 大丈夫、貴女にはお母様がついているわっ!」
私より力が入っているのか、いつものお淑やかで可愛らしいイメージの母からは想像がつかない、立ち上がって拳を握る母に、笑ってしまう。
「この際だから、結婚するまで操はなんて事は言わないから、既成事実を作るのも手ね……そうよ、もう行くところまで行ってしまいましょ。あー、何だか楽しくなって来たわっ!」
娘に何て事を言うんだろうか。
もう行くところまで行っていますなんて言えず、ただただ母の迫力に圧倒されてしまう。
一人盛り上がる母は、私の手を掴んだ。
「よし、そうと決まれば、さっそくお肌のお手入れからよ。忙しくなるわっ! ワクワクしてきちゃったわ。レニータっ! レニータはいるっ!?」
まるで自分の事の様にはしゃぐ母に連れられ、私は当日の時間ギリギリまで着せ替え人形になっていた。
完成したようで、母とレニータと三人で大鏡の前に立つ。
「これでその殿方も貴女の魅力にイチコロね。今日は貴女の女の色気でしっかり彼の全てを奪ってらっしゃいっ!」
母親の言葉とは思えない、何とも大胆な提案をするものだと思いながら、鏡の前に立つ自分の、いつもとは違う大人びた姿に、少し緊張してしまう。
人は磨けばこんなにも変われるものなのかと、驚きに固まる私に、母が優しい笑みを浮かべた。
「セレア。貴女には好きな方と一緒に、私のように、いっぱいの愛情で、たくさん幸せになって欲しいの」
「お母様……」
「自信を持って。貴女ならきっと大丈夫。何たって、この私の自慢の娘ですもの」
また感想を聞かせてねと、額に優しい口付けを落として、母は部屋を後にした。
母の温かく包むような優しい愛が、緊張した私の体を解していく。
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