第一章
第4話
私には、推しがいる。
その人が今まさに、目の前で怪訝な顔をして私を見下ろしてため息を吐いた。
鬱陶しそうな顔ですら、ときめいてしまう私は変態なのだろう。
「懲りずにまた来たのか……君は、そんなに暇なのか?」
「ごきげんよう、グラウス様。貴方の為ならずっと暇ですわ」
かなり高い位置にある彼の顔を見つめ、目を輝かせて尻尾を振る勢いであろう私に、目の前のやたら大きな推しが、またため息を吐いた。
拒否は多少なりともあるものの、最近やっと門前払いされなくなったのは、いい兆候だ。
彼は私の推しであり、物語の中ではサブキャラの、侯爵様である。
没落貴族と呼ばれ、他人を信用せず、街からかなり離れた場所で一人で暮らしている。
不謹慎ではあるけれど、一匹狼な感じも、長身で体つきがよくて、気難しそうで無愛想な表情も、低く響く声音も、何よりたまに見せる憂いを帯びた顔がたまらなく素敵で。
何もかもが私のツボだった。
ここまで素敵な人だとは、本を読むだけでは完全に理解していなかったから、セレアとして生まれ、触れられる程近くにいられる事で、私の中で眠っていた私の知らない変態な部分が目を覚ましたのだった。
扉が閉められなかった事をいい事に、私は推しである想い人の屋敷へ足を踏み入れた。
ちなみに彼に会いに来る時は、ジェードを必ず無理にでも置いてくる事にしている。
変に過保護なジェードは、どこまでも私の後を着いてくるから、何かと大変なのだ。
やっぱり好きな人とは二人っきりでいたいのが、乙女心というものだ。
我ながら、セレアとして生まれ落ちてから、かなり前向きになれたような気がする。
前の私では出来なかった事を、この世界で謳歌するのが、私の決意である。
なので、多少大胆に積極的に行くのもやり方の一つなのだ。
「で? 今日は何をされに来たのかな、姫君?」
少し離れた場所から私を見下ろして、彼は静かにそう言った。
待ってましたと言わんばかりに、間髪入れず私が返す。
「もちろん、グラウス様に会いにですわ」
満面の笑みでそう答える。
またため息。これももう慣れたものである。
理由は簡単。
私がこの数ヶ月、ずっとここに通い続けているからだ。
それはそれは長く険しい道のりでしたとも。
長期戦は覚悟の上だったけれど、想像以上に頑なで、厚い壁だった。
どれだけ美少女であろうと、簡単に行かない事もあるのだと教えられた気がする。
そしてやっと最近、門前払いされなくなったという状況である。
だからなのか、もうウキウキで舞い踊る勢いだ。
けれど、私にはまだ不安はある。
主人公だ。
彼が主人公と何かある描写はなかったものの、主人公は凄く魅力的で、誰もが彼女を愛するのだから、彼も例外ではないだろう。
そうなった時、私は彼の前から去る事が、出来るのだろうか。
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