第38話

あと一歩という所で、貴也の手が腕を掴む。



「っぶねぇ……迪香、大丈夫?」



「あ、うん、大丈夫……ありがとう」



私に安堵して笑いかけた後、すぐに背後にいる人物に鋭い視線を向けた。



「お前、危ないだろ。迪香が怪我したらどうするんだ、この馬鹿娘っ!」



「痛っ! 酷いっ!」



貴也が後ろにいた女性の額に、見事なデコピンをした。



額を押さえながら抗議する女性が、私に視線を向けた。



その刺さるような視線にドキッとする。



「何であんたみたいな何の魅力もない女が、貴也に大切にされてるのよっ!? 私の方が……私の方が貴也を好きなのにっ!!」



凄い剣幕で捲し立てられ、何も言えずにいると、貴也が私の前に立つ。



「魅力があるかないかは俺が感じる事であって、お前がどうこう言う事じゃない。この際だからはっきり言っておくが、好いてくれるのは有難いけど、俺はお前に女を感じないし、いとこ以上の感情が生まれる事は今後もない」



それだけ言うと、貴也は私の手に指を絡めて歩き出す。



呆然と立つ彼女の目から涙が零れるのが見えたけれど、私には何も出来ない。



もし、出来たとしても、私にだけは何もして欲しくはないだろうから、私は彼女から視線を外した。



車に乗り込み、車が彼女の前を走り去る。



貴也が口を開く。



「ごめんな、変な事に巻き込んで」



「私は大丈夫だけど、彼女は、大丈夫かな……」



好きな人に拒絶される痛みは、想像を絶するだろうから。



私も貴也に拒絶されたらと思うと、その気持ちは計り知れない。



私の頭を軽くポンとして、貴也は優しく笑う。



「大丈夫だよ。迪香が心配する必要はない。それに、あいつはそこまで弱いやつじゃないさ」



いとこと言っていたのを思い出し、私より昔からお互いを知っていて、深い場所で分かり合うような関係が、少し羨ましく感じたのは、私の欲張りな部分が顔を出したのだろう。



この感情は私だけの秘密だ。



「さぁ、何が食べたい?」



切り替えが早い。



こういう時の彼は、現実的というか、少し冷たい部分が顔を出す。



これが、多分蒲田さんの言っていた“利己主義で冷徹”な部分なのだろうか。



なかなかこういう顔を見せないから、たまに出ると少し怖く感じる時がある。



慣れる時は来るんだろうか。



無駄に豪華なご飯を終え、そのまま上にあるホテルの部屋へ通される。



なかなかに上にある階に移動するから、妙に緊張してしまう。



いまだにこういうのは慣れなくて、どうしても縮こまってしまう。



「何でそんな端っこにいるの? ほら、こっちおいで」



手を取られ、全面が窓になっている場所まで連れて来られる。



窓の前に立つと、まるで宝石みたいな夜景が広がっていて、物凄い迫力に圧倒されてしまう。



「わぁ……綺麗……」



後ろから優しく包まれて、頭にキスが落ちる。



「気に入った?」



「うん……凄い……」



「それはよかった」



首筋にキスが降りて来て、チリっと小さく痛む。



肩、背中、お尻を撫でられ、そのまま横抱きで抱き上げられる。



落ちないように首に手を回す。



そのまま顔が近づいて、額にキスが落ちて、ゆっくりベッドへ下ろされる。



ただ、寝かされるのではなく、座らされた。



「心配しなくてもちゃんと抱くから」



誰もそんな心配してはいないんだけれど、私そんな物欲しそうな顔してたのだろうか。



そんなつもりはなかったんだけど。



彼を見ると、満面の笑みを向けられてしまった。

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