第32話
家に着いて、料理を始めるけれど、なんというか、子供がいるお母さんとは、こんな気持ちなのだろうか。
「あの……貴也……少しだけでいいから、離れてくれなきゃ、料理しにくいよ……」
「嫌だ……」
後ろからお腹に手を回して抱きつかれていて、なかなかに動きにくい。
「火使ってるから、危ないよ……」
「嫌だ」
どうやっても離れる気はないらしい。
ただ抱きつくだけならまだしも、首や耳、こめかみや頭にまでキスが降り注ぐのだから、集中出来ない。
これは困ってしまった。
でも結局、可愛いから許してしまうんだけど。
この姿も私しか知らないと思うと、特別で、幸せな気持ちになる。
何とか作り終わり、席に座らせて隣に座る。
「おまたせ。はい、どーぞ、召し上がれ」
出された料理を見て、貴也が今度はこちらを見た。
「食べさせて?」
体を少しこちらに向けて、口を開ける。
物凄く甘えられている。まだ膝に座らされないだけマシなのだろうか。
まるで餌付けでもしているような気分で、貴也の口に食べ物を運んでいく。
ちゃんとした食事をしたのが久しぶりだというのもあって、しっかり食べてくれたから、ホッと安堵する。
洗い物をしている時も、もちろん背中には貴也がピッタリくっついている。
私もそれに少しだけ慣れ始めた。
洗い物が終わり、顔だけ後ろを向けると、眠いのか目がトロンとさせた貴也が視界に入る。
「眠い?」
「ん……」
返事なのだろうけど、半分はもう意識がなさそうな貴也の手を引いて、貴也の寝室へ向かおうとしたけれど、貴也が首を振って否定する。
「私の部屋?」
私の問いに貴也が頷く。でも、貴也には、私のベッドは小さいだろうに。
ゆっくり眠って欲しいから、正直貴也の寝室の方が私は安心するのだけど。
「そうだ。ちょっと待って」
すんなり手が離れたから、私は自室に行き、ベッドに敷いていたシーツや枕などを一式持って、貴也の寝室へ行く。
一通りの作業を出来るだけ早く済ませ、貴也の手を取ってベッドへ促す。
「はい、どうぞ」
じっと立っている貴也の次の行動を読めるようになっていた私は、先にベッドへ入る。
「はい、貴也……おいで」
私の差し出した手を取り、素直にベッドへ入ってくる。
何でこんなに可愛いのか。胸に顔を埋めている貴也の頭を抱きしめて、毛布をかけてあげると、ウトウトと目がゆっくり閉じていく。
あっという間に、規則正しい寝息を立てる貴也の目元に触れる。
疲れていたのか、目の下に隈が出来ている。
これを作ったのが自分だと思うと、何とも言えない気持ちになり、胸がギュッとなる。
頭を抱え、髪を撫で、出来る限り安心させるかのように、長い時間寄り添った。
どのくらい経っただろう。
深く眠ったようだった貴也の頭を枕に移動させ、頭に口付ける。
ベッドから抜け出し、リビングに戻る。
「さぁ、始めますか」
今のうちに部屋に散乱した物を、出来るだけ静かに片付けに掛かる。
貴也が忙しい人なのも分かるけど、何故家政婦さんを呼ばなかったのか。
蒲田さんが様子を見には来てくれていたようで、少しは片付けていてくれたのを聞いて、不思議だった。
一通り片付け終わり、掃除機は貴也が起きてからにしようと思い、スマホに手を伸ばす。
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