第30話
蒲田さんはすぐに返信してくれた。
迎えはさすがにいらないと断ったけれど、何とも言えない圧で押し切られてしまった。
やっぱり蒲田さんには一生勝てない気がする。
蒲田さんの運転する車に乗り込む。
「あなたの前ではスパダリな社長の事ですから、これはあまり言われたくはないでしょうが、あなたがショックを受ける前に、私から心の準備、ワンクッションを置く意味で、お伝えしておきます」
突然話し始めた蒲田さんの言葉に、しっかり耳を傾ける。
「まず一つ、社長はスパダリでは決してありません。次に、思っている以上に子供で、とにかくだらしない。ご結婚されてからは、かなり丸く柔らかくなりましたが、それまでの社長は、優しさなどあるのかと聞きたくなるくらいに、利己主義な冷徹男でした。あなたに会うまでは、女性に対して誠実さなど全くと言っていい程なかったので、社長に泣かされた女性を何度も見ましたし、それを気にかける素振りすら見せなかった。そして何より、あなたに関してはもう異常な程に執着心も強く、嫉妬深く、変態的で、見ていて気持ち悪いくらいです。あなたの写真とかをオカズにするタイプですね。危ないですよ、あれは」
物凄く悪口に聞こえるんだけど、気のせいだろうか。
「それでも、あなたは社長の元に戻られますか? 逃げるなら今ですよ? 多分戻ればもう、社長はあなたを二度と離す事はないでしょうね」
最後に「脅しではなく、全て事実ですから」と釘を刺されてしまった。
貴也さんが可哀想になってきた。
「まぁ、私は社長にしっかり仕事さえして頂ければいいので。今のあの状態では、話になりませんね……」
疲れた様に苦笑する蒲田さん。
珍しいものが見れたな。
そんなに酷い事になってるのか。
早く会いたくて、ウズウズする体を落ち着かせるように、両手を握りしめる。
見覚えのある景色に変わり、少しして車が止まった。
マンションに着いた。
エレベーターに乗る頃には、もう心臓が破裂しそうだった。
怒っているだろうか。
何しに来たのかと、冷たい目と言葉を向けられたらどうしよう。
考えるだけで、震えてくる。
体にしっかり力を入れたタイミングで、エレベーターが止まり、扉が開く。
短い間いなかっただけなのに、随分久しぶりに感じる。
緊張しながら、蒲田さんから渡された鍵を鍵穴に差して回す。
すんなり開く扉。
息を吐いて、気合いを入れる。
もう、逃げないって決めた。
部屋は真っ暗で、生活感がまるでないのに、家政婦さんを入れていないのか、服やお酒が散乱していて、蒲田さんが言っていた“だらしない”という言葉が理解出来た。
それすら可愛いと思ってしまう辺り、私もだいぶイカれてる。
貴也さんの寝室に近づく。扉が開いたままになっていて、中が見えるけれどいない。
玄関に靴があったから、いるのはいるはずだ。
貴也さんが人がいると眠れないのも聞いていた。けれど、私と眠る時はちゃんと寝ていたから、あまり信じていなかったけど、蒲田さんが言うには、私の傍では眠れるらしい。
最初は姉と同じ顔だからかと思っていたけど、今はそうは思わない。
素直に嬉しい。
もしやと思い、自室に向かう。
いた。
私のベッドに、大きな体を丸めて寝転んでいる貴也さん。
髪を下ろしているから、実年齢より幼く見える。
蒲田さんが心配するのが分かった。
数日眠れていないと聞いたけれど、疲れてもなかなか眠れないらしいから、薬でも飲んだのだろうか。
ゆっくり歩み寄り、ベッドの近くで床に座る。
起こさないように、出来るだけ優しく髪に触れる。
髪を撫でると、モゾモゾと身動ぐ姿がまるで小さな子供みたいで、笑ってしまう。
「可愛い……」
「ん……」
薄く開き、視点の定まらない視線がこちらを捉えた。
ドキリとする。
「……み、ち……」
呟き、そしてふにゃりと笑う。まるで、大切な何かを見つけた子供みたいに、嬉しそうに笑うから、涙が滲む。
「これは……夢か……俺もついに、幻覚まで見えるようになったのかよ……はは……重症だな……」
皮肉を言いながら笑う貴也さんの目が、更に開く。
次は確実に私を捉えた。
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