第28話

〔貴也side 2〕



薬に頼るのは好きじゃないけれど、あまりにも酷くなったり、仕方のない時だけはそういうものに頼る事もある。



頭痛がしてきた。



そんな俺の頭痛を更に酷くするかのように、机に突っ伏す俺の耳に、落ち着きのないヒールの音が届く。



「貴也ーっ!」



ノックもせずに扉を開いて、やたら高い声で俺の名前を叫ぶ女。



「小早川様、申し訳ありませんが、今社長は体調が……」



「えっ!? 大丈夫っ!? また無理したんでしょ? 相変わらず眠れないの?」



「うるさい、騒ぐな。頭に響く……」



この騒がしくて派手な女、小早川愛美こばやかわあみは俺のいとこであり、今のこの状況を作り出した元凶だ。



昔から、俺の後ろをついてまわっている。



「私が膝枕してあげるっ! 私の膝で眠ればちょっとは眠れるよっ!」



何を言い出すのか。その自信は一体どこから来るのか。



成人したとはいえ、いつまで経ってもガキだ。



「ガキが何マセた事言ってんだ。そんなんで寝れてるなら、苦労してない」



正直、こいつからの好意に気づかない程、俺は馬鹿でも鈍感でもない。



それでも、こいつは俺にとっていとこでしかなかった。



それを知ってか知らずか、やたら色仕掛けを頑張ってくる。現に今も机に体を預け、胸元の大きく開いた服から、谷間を強調してくる。



が、変な話、子供の頃から見ているせいか、こいつには勃つ気がしない。そもそも、女として見れないのだ。



眉間を押さえ、椅子に後頭部を預ける形で、背を凭れかけ、蒲田がいつの間にか用意したタオルを置いて温める。



「何か用か?」



「用がなきゃ来ちゃ駄目なの?」



「俺は忙しい。お前に構っている暇はない」



外国から帰国したばかりで、暇なのか最近やたら絡んでくる。



「そうだ。ねぇ、あの女とは別れた? 離婚になったりしてないの?」



今それを言うか。しかもこいつが。



少しだけイラっとし、タオルを持ち上げて愛美を見る。



「そ、そんな怖い顔しないでよ。だって、貴也は私と結婚するはずだったのに、突然現れて貴也を唆して、横から掻っ攫ったんだから……文句だって言いたくなるじゃない……」



悔しそうに言う愛美に、ため息が出る。



「ほんと、お前はいつまでもガキだな。つか、いつ俺がお前と結婚する事になってたんだ。そんな話知らん」



「だって、昔私がお嫁さんになるって言ったら、貴也はありがとうって笑って頭撫でてくれたじゃないっ!」



いつの話をしてるのか。



「あのな、言っとくが、それを承諾と取ったなら、とんだ勘違いだ。俺は普通に返事をしただけだ」



駄目だ、こいつと話してると疲れる。



頭痛が酷くなる。



「とりあえず、今日は構ってやれないから、帰れ」



「貴也っ!」



「聞こえなかったか? 俺は帰れと言ってる。あまりに聞き分けがないと、つまみ出すぞ」



今は苛立ちと頭の痛さに、優しさなんて微塵も持ち合わせていない俺は、愛美を冷たく一瞥する。



怖がるのが分かるが、気にかけている余裕はない。



こんな時ですら、俺の頭は迪香でいっぱいだった。



愛美がいなくなり、俺は再びタオルを目に置いて息を吐く。



「社長、だいぶ顔色が悪いですが、病院に行かれますか?」



「いや、大丈夫だ……」



ネクタイを緩めてボタンを外し、ソファーに移動して寝転ぶ。



何も言わずとも、空気を読む蒲田が扉に移動する。



「悪いな蒲田。お前も今日はいいから、休め」



一礼し、蒲田は出ていく。勿論、鍵を閉めるのも忘れない。



少しだけウトウトしながら、微睡む。



やっぱり眠れない。



頭痛は先程よりはマシにはなった。



スマホを取り出し、電源を付けると、画面に浮かぶ迪香の寝顔。



勝手に撮ったやつだ。



彼女は知らないだろうな。



「迪香……何処にいる……」



愛おしい彼女が恋しくて、この腕に今すぐ抱きしめて、めいっぱい甘やかしたくて、全身が彼女を求めているのが分かる。



画面に口付ける。



「フッ……はは……画面見ただけで勃つとか……」



変態か俺は。



数日抱かないだけで、体が迪香不足に嘆く。



「もうどっぷりだな……」



完全に沼にハマってる。



早く見つけないと、本当に死んでしまいそうだ。



「迪香……絶対に逃がさないよ……」



俺をこんなにした責任は、必ず取ってもらう。



細胞レベルで欲しいと思ったのは女は、彼女が初めてだ。

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