第27話

〔貴也side〕



迪香が、消えた。



帰宅した部屋が珍しく暗く、静かで。



昔に戻ったようで、少し懐かしい寂しさを感じる。



もう久しくそんな感情を忘れていた。



リビングのテーブルには、一枚のメモが。



迪香らしく、まっすぐ整っていてそれでも何処か女性らしい可愛らしい字だ。



〝昼間は言い過ぎました、ごめんなさい

少し考える時間が欲しいので、家を出ます。

勝手でごめんなさい。


お世話になりました

迪香〟



急いで迪香の部屋に向かうけれど、部屋に彼女の荷物はなかった。



最近やっと自然な笑顔を向けてくれるようになった彼女の、細くて高めの聞き心地のいい柔らかい声で言われる、おかえりなさいと言う言葉は、もう聞けないのだろうか。



体がヒヤリと冷えるのに、汗が出て、手の震えが止まらない。



「迪香っ……」



彼女の傍で、彼女に触れられなくなる事を考えたら、胸が張り裂けそうだ。



昼間、彼女の手を離さなければよかった。



震えが収まらないままの指で、スマホを操作する。



「迪香が消えた。何が何でも探し出せ」



電話の向こうで、性格をそのまま移したような堅い声が答える。



「迪香……君は、俺に言い訳もさせてくれないのか……」



呟き、前髪をクシャりと掴む。



そして、ふとある男の顔が浮かぶ。



迪香の同期である男。



多分、あの男は、迪香に好意を抱いている。



あの男について行くなんて事は、迪香の性格上考えられないので、その選択肢を頭から抹消する。



なら、彼女は何処へ。



真面目な迪香なら、仕事には必ず出勤するだろうと思い、翌日彼女の会社に行った俺の耳に入ってきた言葉は、彼女が有休を取ったと言うものだった。



だからといって、ずっと迪香を探すのに時間を使うというわけにもいかず、俺は今社長室の椅子に座って書類を見ている。



「…………」



「はぁ……」



「あの、社長。真面目に仕事して頂かないと困りますね」



机に顔だけ乗せて、ため息を吐く。



「まったく、そんなだらしない格好を奥様が見られたら、幻滅されますよ?」



「それを言うなよ……そんな事言ったら俺、泣いちゃうぞ……。こないだなんてさ、大っ嫌いって言われたし……迪香がいない部屋に帰るのもつまらないし……蒲田、俺死ぬかもしれない……」



彼女が消えて二日が過ぎたけれど、まだ彼女の居場所は分からない。



落ち込んでも苛立っていても、仕事は待ってはくれない。



「蒲田……俺ニートになりたい……」



「はぁ……何訳の分からない事を……。ニートでどうやって奥様を守っていくおつもりですか? 奥様の稼ぎをアテにして生活されるとでも?」



「まさかっ! 迪香は俺が養うっ! 次は必ずどこにも行けないようにして、誰の目にもふれないように、俺の腕の中に閉じ込めてっ……」



「社長、気持ち悪いです」



酷い事を平気で言ってくる。



「冗談だろ。半分は」



軽蔑するような、ゴミを見るような目で見られている。



「とにかく、昼から予定はありませんので、さっさと帰って少しでも寝て下さい。目の下の隈が凄いですよ」



「……迪香がいないと、眠れない……」



俺は元々、あまり眠れない。人がいたら特に。



それでも、迪香が隣にいる時は、不思議と眠れていた。



だから、最近あまり眠れていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る