第26話
会社近くの公園のベンチに、澤原君と二人で座る。
「見苦しいところをお見せして、申し訳ないです……」
「いやいや、こちらこそ、何か色々ややこしくしちゃったみたいで、ごめんな」
こんな時でも、彼は明るく爽やかだ。
「でも、よかったの? もしかしたら、旦那さんにも、何か理由があったのかも……」
「そう、かな……アレを見て、何の理由があるのか、見当もつかない……」
何も言えないのか、澤原君も黙ってしまった。
少しの沈黙の後、澤原君がこちらを見ている気配がし、澤原君を見る。
「もし、本当に浮気だったら……迪香ちゃんは、どうするの? 別れる?」
どうするも何も、契約結婚の偽夫婦だから、どちらかにそういう相手が出来るのは必然というか、ありえない話ではない。
貴也さんが彼女を選ぶのであれば、私は身を引くしか選択肢はないから。
「そうだね……一緒には……いられない、かな……」
貴也さんの幸せを奪う権利は、私にはないから。
突然澤原君の手が、私の手を握る。
「俺なら、迪香ちゃんを泣かせたりしないのに……」
握った手を、唇に持っていくのを、ただ呆然と見ていた。
「俺さ、ずっと迪香ちゃんの事、好きだったんだ。けど、突然結婚したって言われて、迪香ちゃんが幸せになるならいいかって思った。けど、こんな風なら、俺はもう遠慮しないよ。あの人から君を奪ってでも、君を俺の手で幸せにしたい」
話が進みすぎて、理解が追いつかない。
情報が処理出来ずに、思考が停止する。
「つか、俺結構分かりやすかったと思うんだけど、分からなかった?」
全然知らなかった。ただ、同期だから構ってくるのかと。
「迪香ちゃんの心に少しでも隙間があるなら、俺をそこに入れて欲しい」
指に口付けられ、体がビクリとする。
貴也さん以外の男性、それも同期だとしか思っていなかった人に触れられ、頭がパニックだ。
「少しでいいから、考えといてよ」
笑った澤原君に、何も言ってあげられずに、澤原君と別れた。
とにかく、今は色々混乱しているし、また酷い事を言ってしまいそうだから、貴也さんとまともに話せるとも思えない。
ちょっと冷静になろう。
生憎、私は荷物が少ない。
少しの間貴也さんから離れよう。
軽く荷物をまとめて、私は家を出た。
実家は色々ややこしいので駄目だから、とりあえず当面はネカフェやホテルにでも借りよう。
普段からあまりお金を使わないし、今のところ散財する予定もないから、ありがたい事に貯金はある。
リビングの机にメモを残す。
少し離れてみれば、また考え方や見方も変わるだろうし、何より、貴也さんへの気持ちも落ち着くだろう。
一緒にいたら、きっともっと好きになる。
そしたら、もし今後彼の隣に相応しい人が現れた時、消えたくなるだろうから。
頭と気持ちを冷やして、整理しないと。
いつでも貴也さん離れ出来るようにするんだ。
部屋を借りるのもいいかもしれない。
暗くなった部屋を見て、泣きそうになる。
自分で決めた事なのに、寂しくなる。
鍵を締め、ポストに入れる。
指輪は、まだ返す勇気は出なくて、外せないでいた。
「ほんと……未熟者だわ……」
指輪を撫でながら、苦笑する。
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