第22話
明らかな作り笑顔なのは、多分私にしか分からないだろう。
やっぱり彼の行動には不可思議な事が多い。
今みたいに、何とも思ってないはずの私への、執着のような態度を取るし、普段から愛の言葉のような事を囁くし。
本当に意味が分からない。困惑するばかりだ。
名刺交換をする二人を見ながら、モヤモヤしていると、貴也さんが私に向き直る。
「それじゃ、俺は仕事に戻るよ。君も仕事頑張ってね。また、後で、ね……」
頭をフワリと撫でられた後、そのまま頬まで手が滑り降りてくる。
ゾクリとしたのは、その感覚だけじゃなくて、貴也さんの視線だった。
普段見る事がない、鋭く煽るような。
家で、ではなく、後で、と言われた事にも引っかかった。
貴也さんが去っていくと、澤原君が興味津々にこちらを見る。
「迪香ちゃんの旦那さんて、凄い人だったんだねっ! びっくりしたよ。ていうか、何で言ってくれなかったんだよ、水臭いなぁ」
「え、あ、ごめんね……私の身の丈に合わないというか、相手が相手だったし、ちょっと言いづらくて……」
「身の丈って……あのさ、迪香ちゃんてちょっと自分を過小評価しすぎじゃない? 仕事も出来るし気配り上手だし、その、か、か、可愛い、し……」
目を逸らしてモゴモゴとそう言った澤原君に、気を使わせたなと笑ってしまう。
「ふふ、ありがとう。ごめんね、気を使わせて」
「気を使ってるわけじゃないよ。知らないだろうけど、迪香ちゃんの事狙ってた奴、結構いたんだぞ? まぁ、でもあんな凄い人が相手じゃ、勝ち目なんてないよな……」
そんなアホな話があるわけない。
彼の気のせいに違いない。
「あはは……そんなわけないじゃない。うちの職場は、結構若くて可愛い子多いし」
「ほんとだってっ! まったく、迪香ちゃんは分かってないなぁ……」
苦笑するしかない。
時計を見ると、そろそろ戻る時間だったので、店を出ようと伝票を探すけれど、机にはなかった。
メニューが来た時にはあったのに。
とりあえずレジへ向かう。
「あの、伝票がなかったんですが……」
「あぁ、三番テーブルの。もう社長からお支払い頂いてますので」
いつの間に。どこまでもスマートな人だ。
店を出て、澤原君が口を開く。
「俺までご馳走になっていいのかな?」
「気にしなくていいよ。返すって言っても、多分受け取らないだろうし。そういう人だから」
益々私には勿体ない人だな。
卑屈になる気持ちを隠しながら笑う。
会社へ戻る途中、スマホにメッセージが来た。
貴也さんからだ。
“仕事が終わる少し前に連絡をくれるかな? 迎えに行くよ。外でご飯でも食べて帰ろう”
肯定の返事だけ返し、仕事に戻った。
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