第四章

第21話

私のように地味な人間は、平和に時間が流れるもので、会社でいつものようにパソコンに向かって仕事をしている。



「迪香ちゃーん、お昼行かない?」



声がした方を向くと、入社してからもよく気にかけ、声を掛けてくれる同期の澤原幹臣さわはらみきおみ君だ。



爽やかで明るくて人懐っこい大型犬のような印象の、癒し系イケメンで、もちろん会社でもなかなか人気がある。



そんな彼が何故私のような、何の取り柄もない女に構うのか。それは私にもよく分からないけど、多分同期が少ないという理由が、一番大きいのだろうと勝手に思っている。



「え、もうそんな時間?」



私はあまり人付き合いが得意ではないけれど、彼とは普通に話せるようになっていた。



誰にでも大差なく接する、人当たりのいい彼のおかげだ。



そんな彼とよく一緒にいるのを、他の女性社員が何故放っておくのかという疑問は、私を見ればすぐに納得がいく。



そう、みんな私なんかが彼をどうにか出来るわけがないと思うからだ。



だからこそ、こうやって彼と話が出来て、ご飯なんかも行けるわけだ。



自分の地味さもたまには役に立つ。



二人で他愛のない話をしながら、外に出る。



今日は彼が行きたかったお店があるらしく、一人で行くのはなかなか勇気がいるらしい。



確かに、店の前に立つと男の人だけで入るのは難しいかもしれない。



可愛らしいピンクが多く使われた店は、メルヘンで女性が大半を締めている。



「これはまた、可愛らしいお店だね」



「そうなんだよっ! ネットで見てさ、ここのウサギのキャラをモチーフにしたオムライスが、食べたくて仕方なくてっ!」



彼も可愛いものが好きらしく、ソワソワしている。



貴也さんも、この店に連れてきたら喜ぶかななんて、ふと考えてしまう。



「ちょっと混んでるけど、また人入れそうだし、とりあえず入ろ」



嬉しそうに頷いた澤原君と共に、店に入り、案内された席に着く。



やはりお店の中は女性が多いけど、男性もチラホラいる。



彼に違和感が生まれないように、私も同じものを頼んだ。



「迪香ちゃんのそういうとこ、いいよね」



「そういうとこ?」



「そ。細かいとこに気づく、気配り、みたいな? 自分の好きな物食べればいいのに、俺に合わせてくれたんでしょ?」



頬杖をついて、ふわりと笑う澤原君を見て、やっぱりモテるのが分かる。



彼女はいないと聞いているけど、彼なら選り取りみどりだろうに、心底勿体ない。



注文したメニューが来て、澤原君は写真を撮っているので、それが終わるのを待って二人で食べ始めた。



可愛い見た目を崩すのは勿体ないけれど、お腹の減る衝動には勝てない。



卵がフワフワで、ケチャップも丁度いいバランスで、なかなか味のクオリティが高い。



舐めていたかもしれない。



「うまっ! これ、やばくない? 想像を超えたわ……」



「うん、凄く美味しいっ!」



目をキラキラさせながら噛み締める澤原君を見ながら、これを貴也さんにも食べて欲しいなと、貴也さんの嬉しそうに食べる笑顔を思い浮かべながら、ちょっと顔が綻ぶのを感じた。



しかし、そんな幸せな気分も、一気に冷える事になる。



「お客様、お気に召して頂けましたか?」



聞き覚えのある低く心地よい優しい声も、今聞くと恐怖でしかない。



「え、あ、はいっ! めちゃくちゃ可愛いし、しかも美味いですっ!」



「そうですか、それはよかった。お相手のお客様は、いかがですか?」



やばい。声がいつもより低い気がする。



でも、別にやましい事をしているわけでもないし、そもそも本当の恋人でも夫婦でもないから、責められる筋合いもないわけで。



それなのに、頭上からのこの威圧感は何なんだろうか。



恐る恐る声をする方をチラリと見る。



怖いくらいの笑顔が、こちらを向いているが、目が笑っていないように見える。



いくら契約しているからといって、そんなに私が男といるのが駄目なのだろうか。



契約であれ、仮にも自分の所有物だからというわけか。



「美味しかった……です」



「そう、それはよかった。大切な奥さんに喜んでもらえたなら嬉しいよ」



「え? 奥さんて……まさか……」



もちろん、私が結婚したのは会社には報告済みだし、みんな知っている事だけれど、相手が社長だとか、貴也さんだとかは誰も知らないから、驚くのも無理はない。



「そんな嬉しそうないい顔で微笑んで食べてくれるくらいには、ね?」



目を細め、私の唇に貴也さんの親指がなぞられる。そして、その指を自分の唇に持っていき、それを舐める。



目を見張る妖艶さに、顔に熱が集まる。



「ご挨拶が遅れました。妻がいつもお世話になっています。夫の貴也です」



「あ、いえ、こちらこそ、みちっ……いや、奥様には大変お世話にっ!」



貴也さんの眉がピクリと動いたのを見逃さなかった。



理由は分からないけれど。

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