第14話
一通り挨拶する人にはした後、私は御手洗に向かう。
鏡の前に立ち、一息吐いた。
疲れた。人の多さにも酔ったし、緊張と無理に作った笑顔に、顔が痛い。
「あのー、藤宮社長の奥様、ですよね?」
背後から掛かった突然の声に、項垂れていた背を正し、素の顔に仮面を被せて振り返る。
「私ー、社長の会社の秘書課で働いてる、加山綾って言います。初めまして」
「あ、は、初めまして。貴也さんがお世話になっております。妻の迪香です」
「そんなー、私の方こそ社長には毎日すっごくお世話になってて、結婚されたって聞いて、驚いちゃって。社長モテるから、そんな人が選んだ奥様にお会いしたかったんですー。社長の奥様だから、もっと華やかな方を想像してたんですけど……想像してたより、地味、な方なんですね?」
派手な色合いのドレスと化粧をした、かなり若い女性が、ねっとりとした話し方で、明らかに人を見下した話し方をする。
これは多分、マウントを取ろうとしているんだろうか。
そりゃあ、この人に比べたら私なんて地味にしか映らないだろう。
このシチュエーションは想定外だったな。
でも考えて見たら、あのスペックでもてないわけがないし、狙ってる女性が少ないはずも無いし、ましてやそんな優良物件が結婚した相手が、私みたいなのじゃそりゃ、こういう納得いかない人がいるのも納得だ。
「ていうかー、ぶっちゃけ、ほんとに恋愛結婚なんですかー?」
「えっと、何が言いたいの?」
「だってー、あの社長がこんな地味な人選ぶのが、どうしても信じられなくてー」
段々オブラートにすら包まなくなり、明らかな憎しみの感情を見せ始めた。
「私の方が絶対奥様より相応しいのにって、思っちゃったんですよ」
そう言って、彼女は私に近づいた。
「別れてくれません? 大人しく社長、私に下さいよ」
キツい香水の香りをプンプンさせて、片方の口角だけを上げて、彼女は嫌味に笑った。
「申し訳ないけど、それは私が決める事じゃないわ」
釣り合わないのも分かってるし、地味で何の取り柄もないのくらい、自分が一番よく分かってる。
だからって、ここまで好き勝手に言われる筋合いはない。
久しぶりの怒りに、私は彼女をまっすぐ見た。
「こんな場所でコソコソと私に嫌がらせしてないで、貴也さんに直接言ってもらえる? 誰を伴侶にするかを決めるのは彼だから」
最後に失礼と一言言って、私は踵を返した。
背後から「ちょ、ちょっとっ!」と聞こえたが、無視して部屋を出た。
なかなかダメージを受けているようで、怒りと悔しさで手が震える。
会場に戻ると、貴也さんが私を見つけて歩み寄ってくるけれど、私はその手間で止まって、グラスを手に持った。
グラスに何が入っているかなんて、どうでもいい。
中の液体を流し込むと、喉から熱くなり、少し咳き込む。
「だ、大丈夫か? 急にどうしたんだ? 一体何が……」
戸惑う貴也さんを無視し、私はまた新しいグラスに手を伸ばし、飲み干す。
チューハイ以外でお酒を飲むのは初めてで、貴也さんに止められる三杯目まで飲み終わると、少しクラっとする。
それを上手く貴也さんに支えられる。
「迪香……何があったんだ?」
言われ、貴也さんを見た時、貴也さんの腕に細い指が撫でるように触れるのが見えた。
「社長ぉー、こちらにいらしたんですね? 探したんですよぉー」
さっきの女性だ。さっき以上に甘えた声を出していて、嫌悪感すら感じる。
我ながら性格が悪いなと、自傷気味な笑みが零れた。
「せっかくのパーティーなんですから、一緒にお酒飲みながらお話したいなぁー」
まだ私を挑発したいのか、彼女は私に目を向け、ニヤリと笑った。
物凄い自信だ。私になら勝てると思っているんだろう。
別にどうでもいい。
だって、彼女が疑っているように、私達は所詮、紙だけの関係なんだから。
どれだけ彼が私を褒めて、愛を口にして、体を重ねても、全部偽物だから。
「私の事は気にしないで、お付き合いしてあげて下さい。私は疲れたから、先に休ませてもらいます」
出来るだけの笑顔で笑い、会場から出る。
せめてここを去るまでは、あの人達から見えなくなるまでは、フラフラする足にしっかり力を入れて、堂々と歩こう。
初めて自分のプライドみたいなものを、剥き出しにした気がする。
私にも、プライドはあったようだ。
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