第12話
平和な日常が続いたある日、あっという間にパーティーの日がやって来る。
私は秘書の蒲田さんに連れられ、知らない場所に来ている。
「お肌綺麗ですねー、何かしてるんですか?」
可愛らしい女性にメイクをしてもらっているわけで。
その後はヘアメイクして終了らしい。
ほとんどそんな事しないから、緊張して固まってしまう。
「最後にグロスを唇に乗せてっと。はい、出来上がりっ! うんっ! 完璧っ!」
満足そうに頷いて、次はヘアセットに取り掛かる。
「わぁー、髪まで綺麗ー。サラサラー、ふわふわー」
楽しそうにニコニコしながら話す彼女は、どこまでも楽しんでいるようだ。
「そ、そんな事ないす、褒め過ぎですよ」
苦笑する私に、彼女は最後の最後まで褒めてくれた。
自分にいくら自信がなくても、これだけ褒められるのは、嬉しいもので、やっぱりプロって凄いと改めて関心してしまう。
鏡に映る自分は、まるで別人みたいで、居心地が少し悪い。
肩まで伸ばした髪は少し緩くふわりと巻かれ、左の髪の一部分だけ編み込まれている。
化粧はシンプルだけど、所々明るい色が差し込まれ、顔色のよく見える印象だ。唇がやたらプルプルして見えるのが気にはなる。
彼女がいうには「つい、男がキスをしたくなる唇」らしい。
準備が出来た事を蒲田さんに伝えると、別に用意された個室へ移動する。
「こちらで少しお待ち下さい」
一礼し、蒲田さんは去って行った。
蒲田さんは、秘書というより執事のようだなといつも思う。
歳も貴也さんとたいして変わらないくらい若いのに、髪型や格好だけじゃなく、やる事成す事いつもキッチリしていて、所作も綺麗で仕事に関しても妥協せず完璧にこなす。
仕事の出来る男で、長身でイケメンときている。
貴也さんの仕事関係でしかあまり関わる事はないけれど、二人になる事は何気に多いので、あの堅い雰囲気には、いまだにやっぱり慣れないから緊張する。
今日はその緊張感も、ある意味助かってはいる。
少しして、個室の扉が開いた。
「迪香、待たせ……た……」
「あ、貴也さん……」
入口に立った貴也さんが固まる。
どこか変だろうか。やっぱり私みたいな人間には、こんな素敵な服も髪型も化粧も、似合わないのだろう。
無言で貴也さんが歩み寄る。
腰に手を回され、引き寄せられる。
「あ、あの……」
「凄く、綺麗で……困ってる……」
額をくっつけて、ため息混じりにそう呟いた。
「どうして君はそんなに素敵なんだろうね、まったく……」
思っていた反応と違って、気に入って貰えたみたいだ。
「あ、ありがとう、ございます?」
「どうして疑問形」
クスリと笑った貴也さんが、照れたような顔でこちらを見る。
「貴也さんも……素敵です」
「そう? 君に褒めてもらえるなんて、嬉しいよ。ありがとう」
黒を基調とした、ネクタイのタキシードをピシッと着こなし、髪はいつもと違って前髪を上げていて、額が見えてイケメンが丸出しだ。
こんな素敵な人の隣に並ぶのかと思うと、やっぱり怖気付いてしまって、どうしても腰が引けてしまう。
「緊張してる?」
「かなり……」
「大丈夫だよ。君はこの会場の誰よりも美しくて、可愛らしくて、素敵な俺の奥さんだよ。俺が保証するから、自信を持って」
額に小さく口付けられ、髪を撫でられた。
「まぁ、そんなに気負う程の場でもないから、ちょっとした場所に食事しに来たとでも思って、気楽に考えたらいい」
そう言われても、慣れている人はそう思えるかもしれないけど、なかなかそんな簡単にはいかないものだ。
「出来るだけ傍にいるようにするから。万が一無理な時は、蒲田を傍にでもいてもらおうか」
蒲田さん。
それはそれで気まずい。
なんとも言えず、ぎこちない笑顔を返すしかなかった。
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