第11話

また新しい彼の顔を見た。



「それに、俺は強め目の性欲にも忠実だしね。男は狼って言うだろ? がおがおーってね」



空いている方の手で、指を曲げて肉食獣の前足の真似をして吠えてみせる。



可愛い。可愛すぎる。がおがおーって何だ。



「ふっ、あはははっ! 貴也さんて、ホント変な人っ、くっ……はははっ!」



「やっと笑ったね。ずっと顔が強ばってたから、少しでも和らいだならよかった。せっかくのデートなんだし、楽しまなきゃね。君はもっと、わがまま言っていいんだよ」



「で、でも……」



頬を撫でられ、愛おしそうに笑う。



「言って欲しいんだよ、俺は。君の可愛いわがままなら、大歓迎だよ」



ただの契約結婚なのに、どうしてこの人は本当の相手にするかのような態度なんだろう。



こんな事が続けば、さすがに勘違いしてしまいそうになる。



「契約で結婚した私なんかに、そんなによくしてくれなくて、大丈夫ですよ」



私がそう言うと、貴也さんは少し眉を下げた。



「確かに俺達の結婚は、契約で始まったけど、それでも……そんな寂しい事、言わないで……。契約だとしても、俺は君を妻としてちゃんと大切にしたいと思っているよ」



悲しそうに笑う貴也さんの顔を見て、胸が痛くなる。



でも、いくらそう思ってもらっていても、現実は、結婚という関係は、そんな簡単な話じゃない。



恋愛感情なんてある仲じゃないし、本来結婚は好きな人とするというのが一般的だろうし、恋愛感情のない私達は所詮、紙だけの関係に過ぎないのだから。



彼は優しいから、恋愛感情があろうとなかろうと、相手が誰であろうと、同じ事をしただろう。



そういう、人だ。



「長くなってしまったね。じゃ、行こうか」



手を握る力を強くして、彼は私を優しく誘導する。



貴也さんの会社の系列でもある店に連れてこられ、私は久々に胸が躍るのを感じた。



可愛い物からシンプルな物、アンティークな物まで揃った綺麗なお店だ。



どうしよう。楽しすぎる。時間を忘れるとはこの事だ。



「何か気に入った物はあったかな?」



「全部どれも素敵で、目移りしてしまいます……」



柄にもなくはしゃいでる気がするけど、好きな物を目の前にしたら、仕方ないと思う。



小さ目のキャンドル型のライトが目に入る。



シンプルだけど、何種類もの光に切り替えられるらしい。



「これ、気に入った?」



「はい。お会計、して来ま……」



そう言った時には、もう商品が手から消えていた。



「ちょ、た、貴也さんっ!」



行動が早すぎる。何故今持って行ったばかりの商品が、もうレシートが出る場面まで進んでいるんだ。



「ダメですよ、貴也さんっ! 自分でっ……」



「何を言ってるか分からないな。さぁ、次行くよー」



財布を出そうとカバンに手を掛けた手を取られ、店を出る。



「貴也さんっ!」



「君は何も考えず、もっとわがままになって、図々しく俺に甘えてくれたらいいの、分かった?」



でもと口に出そうとしたら、その言葉は彼の唇で出す事を許されずに、消えた。



「……でも、はなし。ね?」



唇を親指でなぞられ、ゾクリとする。



「そんな物欲しそうな顔をしないで。食べたくなってしまう……」



再び貴也さんの唇が私の唇に近づいて、舌が唇をねっとりとなぞり、唇を挟むように啄んで離れた。



こんなキス、ずるい。



街中だと言うのに、体を熱くさせるキスをするなんて、酷い人。



「こういう意味でも、わがままに俺を欲しがってくれたら、もっと嬉しいんだけどね」



意地悪な笑顔で笑う貴也さんを一睨みし、私は先に歩き出した。

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