第9話

抱かれて、疲れて、ベッドでまったりしている時だ。



腕枕を体験している私の髪を指で遊びながら、貴也さんが口を開く。



「そうだ。今度、友人が開業するんだけど、その祝いに、ちょっとしたパーティーがあるんだ。だから、君がよければ、可愛い奥様を紹介したいんだけど、どうかな? エスコートさせて頂けますか? 奥様?」



手を取って、手の甲に口付けながら覗き込むようにこちらを見て微笑む。



結婚の条件の中に妻としての役割は入っているから、もちろん私に出来る範囲でやれる事はやる。



エスコートをお願いすると、嬉しそうに笑って、額にキスが落ちた。



「じゃ、ドレスを用意しないと。君に似合う色は何かなぁー。そうだっ! 次の休みに買い物に行こうか。デートしよう」



まるで新しい玩具を買ってもらう子供のように、はしゃぎまくりな成人男性を見て、こんなに可愛いと思う時が来るとは、想像もしていなかった。



「ふふっ」



「ん? 何? 俺何かおかしな事言った?」



キョトンとしている貴也さんに「なんでも」と一言言うと、納得していないような顔をした。



あ、拗ねた。可愛いな。



体は大きいのに、本当に子供みたいで、可愛い生き物。



高身長、高学歴、高収入の社長で、イケメンときた。これがモテないわけがない。



まぁ、性的な悩みはなかなか理解されないからか、恋人は確かに作りづらいだろうけど、それでもレディーファーストはスマートだし、おおらかで余裕があって優しいときてる。恋愛経験も豊富そうだ。



いくら姉と近い存在だからって、益々私じゃなくてもって思ってしまう。



考えれば考えるほど、卑屈になる。



駄目だ。しっかりしなきゃ。



いくら偽の契約結婚で偽の奥さんだからって、他人から見ればそんな事分からないわけだし。



ちゃんと奥さん演じなきゃならない。



せめて他の人の前では、彼の妻として堂々としなきゃ。



気合いを入れようと、両頬を挟む様に叩く。



「えっ!? いきなり何っ!? どうしたのっ!?」



「すいません。ちょっと気合いを……」



焦った顔から、驚きに変わる。



無表情で無愛想な私とは違って、普段から表情がコロコロよく変わる。



明日は、出来るかなんて分からないけど、しっかり笑顔、作らなきゃ。



「ごめんね」



「え?」



「いや、人付き合い苦手だって言ってたから、明日は会社の人間や友人も何人か来るし、出来るだけ君には負担がないようにするけど、俺の用事に付き合わせてしまうから」



何を言ってるのか。それも契約に含まれてるのに、こんなに申し訳なさそうに謝るなんて、やっぱり優しい。



優しすぎる。



ちゃんと好きな人と出会って、いっぱい幸せになって欲しいな。

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