第3話
マンションで生活が始まって、3日が経った。
そして分かった事がある。
朝は必ずコーヒーを飲むだけで朝食は取らない事、さすが社長といった所か、皺一つない高そうなスーツを着て出勤する反面、家では意外に服装には無頓着な事、何よりびっくりしたのは、可愛い物や甘い物に目がない事だった。
一度私が職場でもらった、可愛らしいウサギのクッキーを食べていた時、物凄いキラキラした顔で見つめられ、私が「食べます?」と聞くと、まるで子犬のような喜び方で飛びついて来て、クッキーを嬉しそうに眺めていた時には、危うく撫でそうになった。
可愛いじゃないか。
その可愛さが少し癖になりつつある私は、今日も可愛らしいケーキを手に家路に着く。
といはいえ、私の方が早く帰宅する為、家にはまだ誰もいない。
荷物を置いた後、ありがたい事に、まだ一度しか会った事がない家政婦さんが用意してくれるお風呂に入る準備をしてから脱衣場へ。
この家に来てから、至れり尽くせりで申し訳ないくらいだ。
だから、少しでも恩返し出来るように、貴也さんに相談して家政婦さんにお休みの日を作ってもらい、その日くらいは私が家事を申し出た。
もちろん、給料は今までと変わらず払うのを条件に。
貴也さんは余程無理を言わない限り、私の頼みを本当に快く承諾してくれる。
何でここまでいい人なのか。
金持ちでいい人で変な趣味がある訳でもないモテるであろう人が、今の今まで独身だったのかが不思議すぎるところだ。
下着を脱いで、結っていた髪を解いた瞬間、脱衣場の扉が開かれる。
たまに見る漫画のシーンを、まさか自分が再現する事になるとは、夢にも思わなかった。
お互いが固まる。
正直、大した体をしている訳では無い。けれど、私には体を隠さなければならない理由があった。
「あ、あ、あ、あ……あ、いや、あの……」
遅いかもしれないけれど、近くにあったタオルで素早く体を隠し、アワアワしながらも私から目を離さない貴也さんに、出来るだけ冷静に口を開く。
「えっと……とりあえず、出てもらっても、いいですか?」
恥ずかしいのは恥ずかしいけれど、何より自分の体をあまり見られたくないので、隠す事に集中する。
「あ、そ、そうだよねっ! ご、ごめんっ!」
急いで飛び出し、扉が閉められた。
去勢を張っていた糸がプツンと切れたのか、足から力が抜けてその場に座り込む。
「び、びっくり……した……」
心臓が激しく波打ち、手が震えている。
「見られた……かな……」
タオルを取り、自分の腰辺りにある明らかに目立つ、縦に伸びた大きな傷を見る。
初めての彼氏に気持ち悪いと言われ、関係が終わった原因で、私のトラウマであり、コンプレックスだ。
両親には「女の子なのに体に傷なんて」と言われて、幼いながらに自分で自分を責めた。
「まぁ、貴也さんには関係ないか……」
姉の代わりの私は、彼と体の関係になる事は決してない。
だから、別に少し体を見られたくらい何て事はない。
傷さえ隠せれば、大丈夫。
動けないまま、少し座り込んでいた私が立ち上がろうとした時だった。
またも扉が開いた。
驚きのあまり、タオルを握る手を動かせずに入ってきた人物を見上げるしか出来なかった。
「やっぱり……なかった事にするのは、無理だ……」
そう言って視界が動いて、押し倒されていると気づいた時には、貴也さんの顔が目の前にあった。
「ごめん……」
「たかっ……んンっっ!」
噛み付くような、切羽詰まったようなキス。
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