第8話 怪異遭遇。

「清水さん、今日も学校休みって」


 しんっと静まり帰ったグループ。

 炎司の存在がどれだけ大きいものかよく分かる。

 特に会話もないまま顔を合わせただけで始業のチャイムが鳴る。


「……とりあえず俺たちは俺たちができる事やろうぜ」

「そうだな」


 嘉数くんがそう言って皆が散り散りになっていった。


 ・・・


 結局その日は昼休みすら誰も会わず取る事になった。


 折角の居場所が次第に亀裂を生じ崩れ去るような気がした。


 放課後、雲は厚く今にも大雨が降り出しそうだ。僕は駅前のベンチに腰掛けてスゥーっと息を深く吸い込みゆっくりと吐き出した。


 モヤモヤする感情が一時的に薄れ、思考に集中する事ができる。

 どうやら清水優花では無く、主人公である月見里炎司が心象世界に閉じ込められたと言っても良いだろう。


 この展開は原作からストーリーが逸脱しており、僕の頭の中にあるおぼろげな攻略情報でも場所の特定ができない。


 だが、原作通りであればバッドエンドには1ヶ月位の猶予はあるはずだ。既に1週間が経っているから残り3週間この間に心象世界を見つけ攻略して月見里炎司を救い出さないといけない。


 彼は僕を助けてくれた恩人だ。思いつく限りできる事をしてみよう。


 僕はまずバイト先に今日休む旨を伝える。

 大将は理由を聞かず『分かった』と一言。


 ……恩を仇で返している気がしてならない。この件が無事終わったらちゃんと謝罪していつも以上に働かないとな。


 そう思い、僕の足は月見里炎司の自宅へ向かった。


 -



 自宅の前……インターホンを鳴らす以前に彼の妹、月見里花火が玄関前の階段で彼の帰りを待っていた。


「花火ちゃん」

「あっ……」


 その覇気のない目からは絶望としか思えない感情がにじみ出ていた。


「両親は?」

「まだ……帰ってきていないです。電話も繋がらないので」


 ……なんでこう言う設定だけはゲームなのだろうか。親に連絡が取れたらすっ飛んで返ってくる筈だが……


「一応、ねぇさんの家にやっかいになっていますから、ご安心ください」

「そっか」


 そうか、お向かいさんだもんな。


「ずっとまってるの?」

「そうですね。いつ帰ってくるか分からないですから」


 機械の様に淡々と喋る花火ちゃんの胸中を察するとこれ以上言葉に詰まる。

 そもそも僕自身がそんなシリアスな場面に遭遇したことがない。いや、無かったわけではない。ヘラヘラしてその話題から避けるか逃げるかしかしたことがない。ただの引きこもりなんだ。

 励ます言葉1つ言えないのどうかと思うけれど、それすらもこの場面で思いつかない自分に腹が立つ。検索なんてのはこう言う時に役に立たない。


 ただ、これだけは聞いておきたかった。


「炎司、最後にどこに行ったの?」

「……最後に公園に行くって……あの時、あの時やっぱり私が止めていたらこんな!こんな事にならなかったのにっ!!私が!!私のせいで!!」


 次第に声を荒げ涙を流すその様子にギョッとしてしまった。

 それをを遠くから見ていた清水優花の家族が近寄ってくる。

 多分清水優花の母親と思わしき人物がキッと僕を睨む。僕は彼女の自責の念に土足で踏み入ったんだろう。


「炎司くんの同級生?ならこの子に今言っちゃいけない言葉くらい考えてから言って」


 そう言い残し花火ちゃんをつれて家の中に入ってしまった。


 あぁ……嫌われてしまったなぁ。また恩を仇で返してしまっている。

 嫌われることの多い人生だったからなこの程度で……いや、やっぱつれぇな。


 しかしここで立ち止まるわけにはいかない。


 最寄りの公園がどこか近場にあったコンビニで地図を見る。こういう時にレティナって奴があれば良いのだが残念ながら僕は金が無いから買うことができない。


「みつけた……」


 第二世冨慶駅、国道58号から329号に入り少し進んだところの高台に広めの公園が広がっている。

 炎司が最後訪れた公園というのはここではないか?

 まずは足を運ぶ事にした。


 -


 階段を登り切ると一面芝生が広がる公園がそこにはあった。

 多目的な用途で使うのか遊具などの設備はなく、階段手前に屋根付きの休憩所と奥に公衆トイレがあった。

 辺りを歩きなにか異変みたいなものはないかと探すが何も無い。

 ここでは無かったかとアテが外れたと落胆したところでついに雨が降ってきた。

 これは土砂降りになると思い、屋根付きの休憩所まで避難する。


 ……やっちまった。


 土砂降りはやむ気配がなく既に辺りは薄暗いという所から辺りの景色が全く見えない位暗黒に支配された。この暗闇の中、足下を注意しながらずぶ濡れで帰る事になりそうだと予感させた。


 ……だが、その暗さの中、誰かが何か金属のような物をズルズルと引きずった音を立てて公園に上がってくる音が聞こえる。

 だれか公園の整備の人が来たのかと思ったが多分違う、こんな土砂降りの中にわざわざ物を引きずるような奴はいない……つまりやって来るのは。


 怪異っ!


 自分の攻略情報の記憶をフル回転で振り返る。

 ゲームグラフティデイズ3の世界では怪異が存在する。

 その怪異には取り憑き型と捕食型が存在。

 怪異の根城は心象世界と言う。捕食者の活力をエネルギー源とした世界。

 これが枯渇したとき、その人は廃人と化す。


 今回のは炎司が行方不明となっていることから捕食型と言って良い。

 さらなる獲物を求めてやって来たって所か。


 しかし、今の僕が怪異と戦う術はない。何せ心象武器、心意能力すらないのだから。


 ここは一旦出直した方が良いと判断し、僕は石造りの椅子の下に隠れ息を殺す。


 大きな何かが芝生を抉る音が近づき、そして止まる。


 ……しばらくしてまた引きずる音が聞こえ、そして遠くに行って聞こえなくなった。


 難が去った事を確認し、立ち上がった時、濃い青色のレインコートを着た人型の怪異が目の前に立っていた



 うっっっっ!!!!!!????



 ホラー映画では良くある展開を実際にされるとは思いもしなかった。心臓が止まる思いになり一瞬の隙ができてしまった。


 そのレインコートは死神の鎌とも思える大鋏をまるで紙を持っているかのような早業で鋏の両刃の間に僕を捕らえる。そして容赦なく2つの刃が僕を切り裂こうとした。


 僕も唐突の事で回避が間に合わない、いや回避行動ができなかった。完全にミイラ取りがミイラになって……しまわなかった。


 僕を切り裂こうとしたその大鋏が触れた瞬間にバチバチと音を立て崩壊した。

 それに驚いたのは僕だけではなく、その青いレインコートの怪異も同じですぐさま異空間に逃げ去ってしまった。


 一人になった空間では雨の音が辺りを支配し、僕はようやく本当に難が去ったことを確認して腰から崩れ落ちる。


 最神は言っていた。僕にはチートスキルがあると。


 つまりは怪異関連に特化した常時発動型のスキルだったんだろう。……確かに発動条件はないにしても説明くらいはしていいだろと愚痴を言いたくなるが、今回助かったのが幸いだ。


 さて、ようやく見つけた。心象世界の入り口。

 あとは……レティナを持っている協力者が必要だな。


 心象世界への入り口に行くとレティナ上にあるアプリが出現する。

 そのアプリを起動させたとき、心象世界に入れるはずだ。



 まってろよ炎司。必ず助けてやるからな。

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