第7話 異変。

 少し厚めの雲が漂う午前、こういう日は大体雨が降ると相場は決まっている。

 とりあえず折りたたみ式の傘は持っておこうとトートバックに突っ込みつつ外に出る。


「おはよう」


 少し大きめのTシャツと黒のショートパンツ、毎度よく見る休日スタイルの優花ゆうかが家の前で待っていた。


「おはよう」


 かく言う俺もTシャツと黒のスキニージーンズだ。


「ちょっと……色被ってるし」

「黒って普通に選択肢入るだろうが、俺の一張羅だぞ」

「えー……汗臭そう」

「そんなことはない、花火はなび監修済みだ」

「洗濯ごときに監修入れないでよ……」

「んなことより、そろそろ行くぞ電車くるだろうが」


 先を歩くと優花ゆうかが横並びについてくる。

 改札はレティナによる認証で通れるので止まることなく素通りする。


「いい加減名護なごに映画館できんかなぁー」

「わかる。大昔にあったみただけどな」


 昔から疑問ではある。この名護には大きいジャストが存在する。あの有名なシャターバックスコーヒーだってある。焼肉クイーンもコングだってある。一通りのチェーン店はひしめき、生活する分には困らない。しかし、娯楽が乏しい。なので北部民は皆中南部へ遊びに出かけるのだ。ちなみに近くのテーマパークは観光客がよく行く施設であり、地元民はたまにマンガとかアニメのコラボの時に行くぐらいである。


「昔ねぇ……昔って電車もなかったんでしょ?中南移動車だけとか無理でしょ。免許なきゃどこも行けんし」

「原付あるけど……絶対濡れるでしょ」

「まぁな。どこかしらでいつスコール降るかわからんから濡れ鼠になりたくなかったら車一択だろ……」

「だよねー」


 そんな会話を繰り広げていたところ電車がくるアナウンスが聞こえ、すぐに電車がやってきた。時間も予定通り定刻発車でまぁ時間に遅れることはなさそうだ。


 電車に乗り込むが適当な席が空いてない為、つり革に捕まる。


「っと、そういやどこの映画館行くんだ?北谷?ボルコ?ライカム?」


 そういや行き先どこ?だって視線を優花ゆうかに向けると、うーんと手を顎に当て考えていた。


 おい、そこら辺ノープランだったのか?


「実はね……私に神が降臨したのよね」

「……チィッ」

「ちょっと!何舌打ちしてんのよ!」


 眉間にしわが寄ってしまう。

 今俺はきっとこいつに対して滅茶苦茶失礼な表情をしているに違いない。

 実際失礼を承知でガンくれてやっている。


「そりゃ昔ながらの幼馴染みが映画行こうってついて行ったら宗教の勧誘でしたって聞かされた俺の心境を表現したまでだ」

「違う違う!これよこれ!」


 コレとかアレの指示詞で会話を成立させようとすんじゃねぇ。

 よくわからん宗教に入ったのかと今すぐこの場から逃げ出したかったが、優花ゆうかはコメカミを2回タッチしてすいすいとレティナを操作して俺に共有通知が届く。


『ドルフィンbooon!! オールレンジビューイング招待券』


 なん……だとっ!?競争率が高い360度オールレンジシアターの招待券だと!?


「ふふっ、どうよ?」

「……この度は大変失礼致しました優花ゆうか様」

「よろしい」


 電車から許田きょだ道の駅に到着するとアナウンスがあった。

 到着するとわさわさと人が出て行く。何故ここの道の駅が人気名所なのかよく分からない。羊羹ようかんみたいなチョコもちと宝くじしか有名なのを知らないがちょうど座れる場所ができたから2人並んで座る。


「っで、いくらだ?」

「お昼ゴチ」


 まぁオールレンジビューイングは2000円~3500円あたりするのは分かる。

 それで収まるんだったら安いもんだ。


「りょ」

「ってか花火はなびは誘わなくてよかったのか?」

「へぇ~」


 なんか意味深いみしんなヘぇ~が出てくる。優花ゆうかの表情がニヤけてるのに今の発言に何か誤りがあったのかと不安になる。


「な、なんだよ」

「いやまぁ、それ聞くんだったら普通電車乗る前に聞くだろうなぁって。もう後戻りできないところ迄来てはーなーいるって聞くのはちょっとズルいかな~って思ってねぇ~」


 あっ、どうやら俺は墓穴を掘ったようだ。ちょっと顔が熱くなる。バレたくないから顔を隠す。


「はーなーは今日はお留守番なんだなぁ~、家にいるときに炎司えんじが声かけていれば一緒に行けたのになぁ~。炎司えんじはそんなに私と2人で出かけたかったんだぁ~。まぁ~、一応女子って見られている感じがするから別にぃ良いけどさぁ~」


 すごくわざとらしく言葉に出してくる。ものすごくうぜぇ。元々そういう流れだっただろうが。

 とは言えさっきの発言をしてしまった以上返す言葉が見つからない。せめてもの反撃としてこう言い放つ。


「うるせ」


 –


「はぁ~、楽しかった!」

「めっちゃよかったな、メカドルフィンの波動砲はどうほう

「え~、そっち?そうじゃないでしょドルフィンズの合体技でしょ普通」

「わかるあれはロマン」


 映画を堪能して外に出ようとした連絡通路辺りで外が確認できないほどの大雨が降っていた。


「めっちゃスコールやん」

「絶対そうなると思ったわ」

「まぁでも、ライカム内でよかった。お昼フードコートあるし、そこでとろうよ」

「いいんじゃないか?」


 映画を見ていた事で昼の忙しい時間を過ぎていたがスコールの影響でフードコートの席は所々が埋まっていた。


「とりあえず天ぷらにしとくか?」

「なんで?」

「なんとなく」

「あんたさ、エビ天の値段みてごらん?」

「よ、400円……」

「私10尾位食べるけど?」

「いや、別の奴にしようぜ、餃子とかどうだ?」

「安く済まそうとしてんじゃないよ」


 あれこれをフードコートを巡り、俺はチキン南蛮定食、優花ゆうかは意外にもざるそばだった。


「そんなんでいいのか?」

「うん、日本そばってあまり食堂とかでもないからつい頼んじゃうんだよね~」


 気持ちはわかる。俺もコンビニのざるそばは好きだ。

 それからなんとなく日常の雑談をしつつ昼食をとり、腹ごしらえにシャタバのコーヒーまで奢らされる羽目になったり雨がやむまで適当に遊びあるき、ようやく雨がやんだときは夕方だった。


 また雨が降る前に急いで駅に走り、名護行きの電車に乗り込む。

 流石に疲れたのか会話はなくとりあえず今日一日遊び歩いたなっていう思い出が残った。

 とりあえず今日のこのチケットの半券は心の宝箱行きだなと思いつつ、隣を見るとスヤスヤと息を立ててこちらにもたれかかっている優花ゆうかがいる。

 色々と歩いたしな、疲れただろうに。駅まで寝かせてやるか。


 ・・・


 駅に着いたときには既に辺りが薄暗くなっていて黄昏時を過ぎ、夜の気配が強くなっていた。


 隣で背伸びしている優花ゆうか、よだれが俺の服についたことは黙っといてやろう。


「んじゃ、帰るか」

「んっ」


 その帰り道もいつも通りだった。

 毎日通った道、家まで帰ればそれで今日は楽しかったねで終わるはずだったのだが、どうやらそうはならなかった。


「ねぇ」

「ん?どうした?」


 なにかその呼び方に違和感を感じて優花ゆうかに視線を向けると、真面目な表情で俺の目を捕らえていた。これは冗談で返すものではないと言う事はすぐ分かった。


「何で皆、付き合うとか彼女とかそういうものにこだわるんだろうね?」

「んー……」


 そんな事を言われてもな。正直俺も恋愛なんてやった事ないからな。


「とりあえず、感情の確認し合いじゃないか互いが好きかどうかの確認して彼氏・彼女になります的な」


「……最近私、あまり知らない人ばっかりから告白されてるんだ……一方的に言われて、断ったらなんかお高くとまってるとか、えり好みしているとか言われてちょっと疲れてきちゃって」


「……そうか」


 告白はよくする側が注目されるが、受ける側も色々と考える事がある。

 それは俺だって断る時には好き嫌い以前にその人との接点だったりを考える。



「ねぇ、炎司えんじ。断り続けるの結構辛いんだ。どうしたらいいかな?」


 その横顔の潤んだ瞳は今にも涙を流しそうだった。

 そこに俺の心も熱くなる。俺の幼馴染みを傷つける資格はそいつらにはない。

 知らんやつとか数回社交辞令程度で喋った奴からの告白なんてのは正直どう断るかってのに焦点があたるし、どうやっても傷つける。去り際に文句を言われるものまで振る側が追わないといけない責任ってのは納得いかねぇ。


 俺の中で1つの案がすぐ思いついた。


「なぁ……優花ゆうか

「うんっ!なに!」


 えっ?



 ……



 さっきまでの潤んだ瞳はどこ行った?なんか目力がすごいんですけど?ついでに鼻息荒いんですけど……


 なんかすごい言いづらい。


 ……はっ、そういうことか!俺は今友人が罵倒されていたことで熱くなって後先考えない事を口走ろうとしていた。つまりここは勢いで言う所じゃないってことだな。


「いや、明日また時間作ってくれ。ちょっと今日のうちに考えまとめる」

「ん?う、うん……わかった」


 なんだ優花ゆうかの奴変な顔しやがって。とりあえず今頭の中に案を詰める必要があるな。

 まぁ任せとけって、その案でお前のその悩みを完全に吹き飛ばしてやるぜ!


 -


 あれから一向に優花ゆうかは口を聞いてくれなくなった。なんか色々とぶつぶつ呟いてたがなんか口にしておかないと落ち着かないのだろう。


 やはり告白というのは断る側も神経が磨耗していくものなのだ、今日だってその悩みからすこし解放されたいが故の行動だったと言うならば説明はつく。


 なら俺も全力でその悩みにぶつかってやろうと思う。


 そう思うといてもたってもいられなかった。


花火はなび、にぃちゃんちょっと公園の方で考え事してくるわ」

「えっ今の時間からですか?」


驚く顔をする花火はなびを尻目に俺は玄関に向かいスニーカーを履く


「大丈夫だって、すぐ戻ってくるから」


 花火はなびにそう伝え俺は外に出て公園を目指す。



 ・・・



 この夜から月見里炎司つきみさとえんじの行方が途絶えた。



 ◆Topic◆

 月見里炎司

 ⇒考え事をする時は辺りを歩きまわる癖がある。

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