第6話 日常は次第に変化する。

 たまに弁当を玄関に忘れる事がある。

 今日はそんな日でとりあえず俺と食堂常連の中曽根は昼の食堂で飯を食う事になった。

 俺はいつものフライドチキンとじゅーしおにぎり、横に座る中曽根なかそねはラーメンをすすっていた。


「なぁ、最近さ?」

「まぁ、お前が悪い」


 平然とした顔でいきなり全ての罪を俺にふっかけてくるクソ坊主。


「まだ何も言ってねぇよ」

「いや、分かるって。最近清水さん付き合いが悪いのは全部お前が悪い」


 最近優花の付き合いが悪い。というか色んな所から誘いがあるとか言ってまぁここ最近付き合いが悪いのだ。


「遊びの誘いが多いんだろ?女子だったらみんなそうなんじゃね?」

「えんじーマジで言ってる?」

「違うのか?」

「どっちかって言うと今まであった前提がひっくり返されて皆群がってる状況」

「まじで?みんな俺と優花のことそんな風にみてたん」

「そりゃそうだろ。帰りも一緒、昼休みも一緒、ついでに家はお向かいさん、いつも家に上がり込んでいる。これで付き合っていないっておかしいだろ?」

「お、おう」


 何でお前そんなに俺たちの事情に詳しいのか分からんが、誤解が解けたって事なんだろう。


「それはそれで良いことなんじゃね?」

「まぁそれが良いことか悪い事かはわっかんねぇけど他の奴らはチャンス到来って感じじゃね?」


 やっぱあいつモテるんだな。まぁ彼氏とかできたら付き合いも悪くなっていきそうな気がするが……そうなってくると花火が悲しむなぁ。


「まっ、そうなったらそうなったで仕方ないんじゃないか?」

「お前本当にそこフラットだよな」

「そう褒めんなって」

「褒めてねぇよ」


 まぁ今までの関係が崩れるかもしれないが、俺たちもずっと一緒って訳ではないし常に変化していく訳だしな。誰々が付き合ったとか別れたとかそういった話題で一喜一憂してたら身が持たねぇよ。


 -


 授業が終わりさっさと帰宅しようとしていた所、吉水先生に声をかけられた。


「よぉ月見里、暇か?暇だよな?どうせ部活入ってないし暇だろ?」

「いえ、忙しいですよ?」

「ほぅ、忙しいと言ってその心は暇で持て余しているな?」

「普通に忙しいっすよ」

「それはお前の心の持ちようだ。ほら暇って思え、暇になる」


 あっ、これははいを言うまで永遠にループする奴だ。


「まぁ……暇ですけど……」

「よぅし、作業員確保っ!」


 今作業員って言ったかこの人?


 ガッツポーズをする吉水よしみず先生のその様は何かノルマに追われていたのだろうか。ちょっと可愛いと思ってしまった。


「まず何をするんですかね?」

「あぁ、ちょうど倉庫の棚卸たなおろしを主任から頼まれててな、私も忙しい身であるため、ちょっと人手が欲しかったのだ」


 まぁ、教師ってのはめっちゃ残業とかあるって聞くしな。そう考えると手伝う気になってくる。


「私は別の作業があるからそっちやってるから、職員室倉庫しょくいんしつそうこの棚卸しをお願い」

職員室倉庫しょくいんしつそうこってあのイベントとかの用具入れですかね?」

「そうそう。職員室の扉手前にある暗幕がかかった所、分かるだろ?」


 確か職員室横にある暗幕で窓やらが塞がれた教室みたいなところがある。

 多分そこのことだろう。


「はいなんとなく場所は分かりました」

「よし、それじゃこれを君に託そう」


 そういって吉水先生はクリップボードを渡す。

 2枚ほどのA4用紙に備品の名称とチェックボックスが印字されていた。


「うわっ結構量がありますね」

「あぁ、一応もう一人助っ人を呼んでいるからそいつと分担して作業に当たってくれ」


 そう言って吉水先生は職員室に戻って行ってしまった。



 -


 とりあえず花火には連絡を入れ遅くなる事を伝えているから家のことは心配ない。


 ……がっ


 職員室倉庫の中は薄暗く窓すらも備品で塞がれていて窓を開けることも適わず埃がすごく漂っていた。

 いくつか棚が並べられており、そこに備品が置かれている状態だった。

 想像としてはひっちゃかめっちゃかな状態をイメージしていたそこまで荒れているものではなかった。


 とりあえず電気を付けようとするがつかない。

 LEDが切れているみたいだ。

 まだ外も明るいし完全に見えないって訳ではないので

 作業を始める。


 ・・・


 4つの棚の備品のチェックが終わったあたりでガラガラと扉が開く音が聞こえる。

 先生の言っていたもう一人の助っ人だろうか?


「すいません、遅れました!」


 聞き覚えのある声が耳に入る。


「あれ?佐藤さん」

「つ、月見里くん!」


 どうやら助っ人というのは佐藤さんだったようだ。なるほど、彼女となら結構早く終わりそうだ。


「吉水先生に頼まれて~」とか「佐藤さんが来るかもって思っていたんだ」とか適当な会話をしつつ佐藤さんにもクリップボードと用紙を渡す。


「とりあえずあの棚からこの棚まで終わったからあと6割くらいかな」

「うん分かった!ごめんね遅刻して」

「いいって、生徒会忙しいんだろ?俺、暇だから」

「ふふっ、月見里くんらしいね」

「まっ、それでも妹待たせてるから、さっさと終わらせちまおうぜ」

「そうですね、遅刻してきた分頑張ります」


 2馬力になった所、棚卸しのスピードが格段に向上し、ものの30分を超えない位の時間で全てのチェックボックスにチェックが入る。


「よし、完了だな」

「ですね」


 背伸びをしつつ作業終了の喜びに浸る。


「あとは先生に報告だな」

「そうですね」


 そう言った後に若干の間が空いてしまった。

 これは何か話題を出さないといけないか?と思った時、佐藤さんから口を開いた。


「つ、月見里くん。あの噂で聞いたんだけど」

「あぁ~、清水さんとこのクラスでも話いってたんだ。マジで皆俺が優花と付き合ってるって認識だったの?」

「う、うん。なんていうか入学当初からなんかもう距離がそうだったから」

「あっちゃー、道理どうりで俺に女子が寄ってこなかった訳だわ」


 そういやなんか入学してから話す奴は大体あいつか嘉数か中曽根だったな。


「ち、ちなみに今好きな子とかっていたりするの?」

「いんや?実のところいないかな。今は皆でバカやってる方が楽しいし」

「そっか……、うん、そうだよね。恋愛だけが高校生活じゃないからね」

「そう言うこと。あいつらと色んな思い出作れれば卒業んときに悪くなかったって」

「そうなんだ。なんか羨ましいね」

「はははっ、もちろんその中に佐藤さんもいるぜ?毎日会うことが仲間の条件ってわけじゃねぇし」

「ほんと?じゃぁ、その楽しい学校生活の為、私も頑張っちゃおうかな?」

「そうそう、人生楽しんだ者勝ちよ」


 それから職員室に向かい吉水先生に完了報告をする予定だったのだが佐藤さんより提案があった。


「月見里くん、遅れてきた分、報告は私がやっておくから先に帰ってて大丈夫だよ」


 と言われ、そこは任せて教室に戻る。


 戻るさなか、ちょうど外を眺めてたら優花と……見覚えのない男子。

 距離があり、何言っているかは分からんが状況的には……アレだろう。

 センシティブな場面に遭遇してしまったから去ろうという気持ちがあったものの何故か視線はその光景に貼り付いたままだった。


 優花がお辞儀をする。断ったのだろうと思われる仕草で男がその場から去って行く所までみて俺はようやく視線を外すことができた。


「やっぱ、あいつモテるんだな」


 あいつに彼氏ができたらと想像してちょっと寂しい気持ちが湧いたが優花が決めた男に俺がどうこういう権利はない。


「まぁいつかはそういう日が来るだろうな」


 そんな事を思いつつ教室に入り、自分の鞄をとる。


 さっさと帰って、花火と一緒に飯でも食べよう。今日は疲れた。

 そう考え駅に向かう。


「あれ?炎司まだ学校いたの?」


 改札前で優花とばったり遭遇する。


「あぁ、吉水先生に作業頼まれてな。まぁちょっとしたボランティア活動やってた所だ」

「あんたが学校のために作業って明日一日中大雨降りそうなんだけど」


 今の時期梅雨だから普通に大雨降るだろというツッコミはおいておこう。


「ってかお前は?」


 我ながら意地が悪い質問をしたと思う。


「うーん、まぁ色々あってね」


 優花はそこを濁す。


「そうなんか」

「そっ」

「やっぱお前モテんのな」

「なんでわかったし?」

「いや普通に察するだろ?」

「まぁその通りなんだけど……」


 そう言って互いに無言になってしまった。

 意外とちょっと気まずかったりする。


「ねぇ、今週空いてる?」

「なんだ唐突に」

「実はねぇ~、今週末から始まる映画、絶対面白いと思う訳、1人で行くと寂しい女って思われるから一緒に来て」

「いいじゃねぇか孤高の女だろ」

「言い方変えても嫌なものは嫌なの」


 色々と断る理由はあった、他の女子誘えば良いだろうとか、妹貸すから連れて行けとか思いついたがまぁ……たまには提案に乗るのも悪くはない。


「まぁ、いいんじゃないか?」

「よっし、約束だよ。ほらレティナ開いて」


 ガッツポーズをする女子を1日で2回見るのは初めてだなと思いつつ、レティナを起動してカレンダーの共有をした。


 そしてふと考えがよぎる。

 客観的に見たらたしかにこういったやり取りが付き合ってる様に見える距離感ではあるなと思ってしまった。


 -


 17時を過ぎてお客さんも入り慌ただしくなってきた店内。


「にーちゃん生3つ」

「あ~にいちゃん、こっちにホッケ」

「はい、ホッケに生を3つですね」


 注文用の機械を操作してささっと注文をキッチンにいる大将へ渡す。

 居酒屋桃原では様々な和風創作料理を提供していた。


「キュー助、だしたまあがり!3持ってけ」

「はい、3番テーブル持ってきます」

「つづいてししゃもにエイヒレ、枝豆あがり、1持ってけ」

「はい、1番持っていきます」


 ここ数日でようやくこの忙しさにもなれ、テーブルの番号と位置が把握出来るようになってきた。この時間からはやけに時間の進みが早い。色々と作業をしているとすぐさま自分の退勤時間を迎える。


「大将、お疲れ様です!」

「おぅ、キュー助もう上がりの時間か!賄い置いてから食って帰んな!」

「ありがとうございます!」


 そう言って俺は裏から賄いをもらいバックの休憩室に移動する。これが労働の喜びか。今まで働こうとしてこなかった自分は色々とネットの先入観で怖がっていたのかもしれないなとしみじみ思ってしまった。


「あっ」


 どうやら先客がいたようで大将のひとり娘の千歳ちゃんが休憩に入っていた所だった。あかるい茶色がかった髪とくりっとした大きな目、小柄で可愛らしい姿はあの屈強な筋肉質の大将とは似ても似つかぬ姿なのだ。


 とは言え、僕をチラッと見てまた目を閉じたので僕に興味は無さそうだった。

 離れた所に陣取り大将からの賄いを食する。

 今日は豪勢に太切りの刺身まであるこれは食べ応えがありそうだ。

 刺身にわさびを付けて食べていたが、いつの間にかそれを見ていた千歳ちゃんがあるものを差し出してきた。


 なにこれ……まるかめ酢???

 お酢を入れるの?醤油に?


「トぶよ」


 そう言われ、まぁコミュニケーションの一環としてちょっと試しにちょろっと醤油の中に入れたら千歳ちゃんがもっと入れると言ってドバドバと入れてしまった。結局6割くらいお酢になってしまった。


「本当にこれ、美味しいの?」

「うん」


 試しに食べてみる……あっすっぱ……けど美味しい。わさびとは別カルパッチョとも違うなんかお酢によって刺身の成分が溶け出し、それがダイレクトに下に伝わる。

 なるほど、これは……


 千歳ちゃんが俺を見る、しかし言葉にしなくてもこの味覚が教えてくれる。

 次にどのようなアクションを取れば良いかと言う事を。


 刺身を酢醤油につけた後、白米にワンバン、そして食す。

 間髪かんぱつ入れずにその酢醤油がついた白米をかっ込む。


 刺身の食感と酢醤油すじょうゆにとけたうま身と白米が邂逅し口内で寿司が形成された。

 これはまるかめ酢という酢の味も特徴的で結構すっぱいけれど毛嫌いする酸っぱさじゃなく癖になる味わいだ。口内丼は行儀が悪いと言われているみたいだが僕はそうは思わない。これこそ食の1つの到達点だと思っている。


「キュー助、どう?」


 千歳ちゃんまで俺をキュー助いうのか……まぁいっか。


「ふむ、初めて食べたが、なかなかいける」

「でしょ」


 そう言ってニカッと笑う千歳ちゃんの姿を初めて見た感じがした。


「そうやって笑うと可愛いね」


 自然に出たその言葉にビクッと跳ねた千歳ちゃんが急いで部屋から出て行ってしまった。

 あれ、ちょっと攻めた言葉使っちゃったか?コミュニケーションに疎い人生を送っていたこともありたまに自分の発言を思い返し反省することがある。


 今度千歳ちゃんと会うときがあれば謝っておこう。そう考えて食事を再開しようとしたところガラッと筋肉質で体格の良い大男が入って来た。大将だ。なにやらコメカミに青筋あおすじをたててご立腹のご様子??なんか今日ミスしたっけ?


「おめぇ、うちの娘を口説くどいたんだって?」


 ???はい???


「一体何のことです大将????」

「しらばっくれんじゃねぇぞ?おめぇみてぇなヒョロっちぃガキに千歳を嫁がせるなんて100年はえぇちょっと来い!三枚おろしから教えてやらぁ!」

「ちょっちょっとまって大将!話、話が飛躍ひやくしすぎ!」


 そこからなぜか僕は三枚おろしを覚えるまで帰してもらえなかったのであった。

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